翻刻
しとぞ去れど《ルビ:院長|ゐんちやう》熊谷幸之輔氏は《ルビ:非常|ひじやう》の尽力にて《ルビ:昼夜部下|ちうやぶか》の医員と共に《ルビ:患者|くわんじや》を治療し
又人を岡崎に《ルビ:馳|は》せて《ルビ:同地|どうち》の開業医を悉く名古屋に《ルビ:呼寄|よびよ》せ之に病院生徒等を附けて枇杷
島、清洲、一ノ宮、越、萩原の《ルビ:各所|かくしよ》に《ルビ:出張|しゆつちやう》せしむる等をさ〳〵施療の用意怠りなき折から
東京《ルビ:医科大学|ゐくわだいがく》の《ルビ:教授|けうじゆ》は其生徒を伴ひて当地に来り且赤十字社《ルビ:医員|ゐゝん》等も追々に馳せ付け
来りしかば是に至って漸く《ルビ:施療|せれう》の順序《ルビ:整頓|せいとん》するに至りしと云ふ
編者附て云う《ルビ:熊谷|くまがい》院長が《ルビ:編者|へんしや》への《ルビ:物語|ものがた》りに廿八日より三十一日まで患者の入院以来
《ルビ:死去|しきよ》せし者十三名其の内九名までは愛知《ルビ:紡績会社|ばうせきくわいしや》《ルビ:潰落|くわいらく》の為めに負傷せし者なるが
要するに日本《ルビ:家屋|かをく》の潰れたるためめ傷を負ひたるは《ルビ:脊骨|せぼね》、《ルビ:腰骨|こしほね》の《ルビ:挫折|ざせつ》せし位に止まれ
ども《ルビ:煉瓦|れんぐわ》の為めに《ルビ:負傷|ふしやう》せし者は《ルビ:其傷|そのきづ》は《ルビ:全体|ぜんたい》一面にあるが中にも頭部の負傷最も多く
且其のモータルハ深く《ルビ:疵口|きづくち》に入りて《ルビ:洗浄|せんぢう》すれども全く之を除き去るを得ず其内追々
《ルビ:膿|うみ》を生して遂に救ふ可からざるに至りし者多し《ルビ:云々|うん〳〵》とあり以て其惨状の《ルビ:一班|いつぱん》を窺ふ
に足るべし
〇愛知県庁 同県庁は《ルビ:顚倒|てんたう》するには至らさりしも《ルビ:屋根瓦|やねがはら》は《ルビ:半|なか》ば《ルビ:墜落|だらく》し柱《ルビ:曲|ゆが》み壁落ちて