翻刻
殆と《ルビ:半潰|はんつぶ》れの《ルビ:有様|ありさま》なれば庁員は《ルビ:裏手|うらて》の《ルビ:庭前|ていぜん》へ《ルビ:蓆家根|むしろやね》の小屋を掛け《ルビ:此内|このうち》に在りて《ルビ:窮民|きうみん》の
《ルビ:救助|きうぢよ》、《ルビ:施米|せまい》、《ルビ:焚出|たきだ》し其他震災に関する百般の事務を取扱ひ《ルビ:地震|ぢしん》当日より四五日間は孰れ
も《ルビ:徹夜|てつや》にて勤務に《ルビ:怠|おこた》り無かりしと云う又《ルビ:備荒儲蓄金|びかうちよちくきん》を以て罹災者救助の為め十一月十
日午後四時迄に同県庁より《ルビ:交付|かうふ》せし金額は名古屋市へ金七千八百七十五円一銭六厘、
愛知郡へ金千三百円、東春日井郡へ金二千五百円、西春日井郡へ金五千円、丹羽郡へ
金七百円、葉栗郡へ金七千六百円、中島郡へ金一万五千八百円、海東郡へ金二千三百
四十七円、海西郡へ金千百五十三円、知多郡へ金二百円、幡豆郡へ金八百五十円、寶
飯郡へ金五十円、《ルビ:合計|がふけい》金四万五千三百七十五円一銭六厘、《ルビ:米穀|べいこく》を《ルビ:購入|こうにふ》し得ざる村落に限
り特に《ルビ:請求|せいきう》に依り米穀を《ルビ:交付|かうふ》せしは愛知郡へ白米八斗、西春日井郡へ同十五石、葉栗
郡へ同八石、《ルビ:玄米|げんまい》二十九石四斗、中嶋郡へ白米五石二斗合計白米二十九石玄米二十九
石四斗にして此《ルビ:代価運賃|だいかうんちん》の金額は五百四十三円九十銭三厘なりしと
〇名古屋市の出火 二十八日の大地震後《ルビ:間|ま》もなく出火せし《ルビ:箇所|かしよ》は第一に京町二丁目薬
種商小島某の《ルビ:倉庫|さうこ》にして次に同一丁目の丸善方より《ルビ:発火|はつくわ》し次に赤塚町四十番戸伊藤某
方より《ルビ:出火|しゆつくわ》したるもの〻如くスワ出火と聞て《ルビ:巡査|じゆんさ》、《ルビ:憲兵|けんぺい》等は百方消防に従事したるも
《ルビ:却々鎮定|なか〳〵ちんてい》すべき《ルビ:模様|もやう》もなかりし《ルビ:折柄|おりから》東春日井郡枇杷島、八阪町の《ルビ:附近|ふきん》よりも又々発火
して《ルビ:焔烟天|えん〳〵てん》を《ルビ:焦|こが》すの有様となりしにぞ永田郡長は直に警察署に《ルビ:急|きふ》を告げ吉田警部長は
《ルビ:更|さら》に桂師団長に《ルビ:請求|せいきう》して工兵隊の出張を請ひたりされば《ルビ:同師団|どうしだん》よりは工兵第三大隊第
一小隊 (七十名)を《ルビ:繰出|くりいだ》し取敢ず《ルビ:火道|ひみち》を切断し《ルビ:非常消防|ひじやうせうばう》に尽力したるため同日《ルビ:薄暮|はくぼ》の頃
《ルビ:辛|から》うじて消止むることを得たるも《ルビ:震災|しんさい》に依り《ルビ:家屋崩壊|かをくはうくわい》したる上に火を発したるものなれ
ば或は《ルビ:梁|うつばり》に《ルビ:敷|し》かれたる《ルビ:儘焼死|まヽせうし》するものあれば或は又《ルビ:圧死|あつし》されたる者の焼くるあり《ルビ:号泣|がうきふ》
《ルビ:叫喚|きふくわん》の声四方に起りて《ルビ:悲惨|ひさん》の《ルビ:状実|じやうじつ》に言語に尽し難く翌廿九日の朝《ルビ:焼跡|やけあと》の下より死亡者
を《ルビ:掘出|ほりいだ》したるものは已に七八十名に及びたりと云う
〇屢々小震あり 名古屋市にては廿八日の大震後《ルビ:引続|ひきつヾ》き屢々小震ありて同日より五日
まで九日間の《ルビ:震動回数|しんだうくわいすう》は六百二十七回の多きに達し其内《ルビ:劇烈震|げきれつしん》一回、《ルビ:強震|きやうしん》三十一回あ
り即ち《ルビ:左表|さへう》の如し
月日 劇烈 強震 弱震 微震 計 気圧 温度