翻刻
●岩倉村の震災 同郡岩倉村は《ルビ:戸数|こすう》七百四十七戸の内《ルビ:全倒|ぜんたう》百三十戸其他は半倒傾斜
尤も《ルビ:甚|はなは》だしく一戸として全き者なし《ルビ:圧死者|あつしゝや》三十六名《ルビ:負傷者|ふしやうしや》五十余名なり、《ルビ:激震|げきしん》当時の
《ルビ:景況|けいきやう》を聞くに其始め百《ルビ:雷|らい》の一時に《ルビ:堕落|だらく》せしかと思ふ《ルビ:響音|ひゞき》に連れ家屋忽ち《ルビ:倒潰|たうくわい》し《ルビ:塵埃|ぢんあい》の
《ルビ:謄発|たうはつ》せし為め一時は中天暗黒と《ルビ:変|へん》じたるが其歳僅に家を《ルビ:走|はし》り出たるもあり《ルビ:庇桁梁|ひさしけたはり》にて
《ルビ:背骨|せほね》の中央を折り《ルビ:胸|むね》を破り《ルビ:臓腑|ざうふ》を悉皆外に出し死せるもあり《ルビ:手足|てあし》を《ルビ:折|を》りしもあり半面
《ルビ:剥取|はぎと》られ即死せしもあり《ルビ:胸部|むね》を破り五臓を《ルビ:突出|つきだ》したるもあり子を《ルビ:救|すく》はんとして親子共
に《ルビ:圧死|あつし》せられたるあり《ルビ:妊婦|にんふ》の小児を抱へ柱に《ルビ:圧|あつ》せられて親子《ルビ:斃|たふれ》たるもあり買物に出で
途中《ルビ:倒家|たほれや》の為めに《ルビ:圧死|あつし》するもあり父子圧死母《ルビ:姉|し》《ルビ:重傷|ぢゆうし》もあり本夫死し妻重症なるもあ
り《ルビ:頭蓋骨|とうがいこつ》を《ルビ:割破|わりやぶら》れたるもあり足の甲及び足の《ルビ:裏|うら》を《ルビ:裂|さか》れたるもあり《ルビ:打撲|うちみ》折骨等其惨状筆
舌の及ぶ所にあらず斯る《ルビ:悲惨|ひさん》の内に中の町水野嘉右衛門方より《ルビ:発火|はつくわ》したれば家屋に圧
せられ《ルビ:悲鳴|ひめい》する声と出火の《ルビ:狼狽|らうばい》其混雑一方ならず《ルビ:豫|かね》て設けたる《ルビ:消防機械|せうばうきかい》は倒家の下に
在りて用ふる《ルビ:能|あた》はざれば僅に《ルビ:瓦石|ぐわせき》を投じて消防に《ルビ:尽力|じんりよく》せしに其効ありて《ルビ:幸|さいは》ひに一戸に
て《ルビ:消止|けしと》めたるは《ルビ:不幸中|ふかうちう》の幸ひなりき
●一ノ宮の震災 中島郡一ノ宮町は《ルビ:戸数|こすう》二千五百七十四戸の内《ルビ:全潰|まるつぶ》れ千四百三十七
戸、《ルビ:半潰|はんつぶ》れ五百十戸、人口一万〇七百八十一人の内《ルビ:圧死者|あつしや》八十五人、《ルビ:負傷者|ふしやうしや》九十八人
なり其の《ルビ:惨状|さんぜう》は殆ど清洲と《ルビ:相似|あいに》たるものにて通り《ルビ:筋|すぢ》にては三四十戸も続きて《ルビ:潰倒|くわいたう》せる家
あり尤も《ルビ:字山|あざやま》にては戸数三十戸の内僅かに三戸の《ルビ:倒|たを》れ《ルビ:家|や》あり彼の《ルビ:真澄田|ますみた》神社の如きは
《ルビ:流石|さすが》に古代の《ルビ:建築|けんちく》とて本殿には《ルビ:異常|ゐじやう》なけれど《ルビ:拝殿|はいでん》のみは《ルビ:斜|なゝ》めに《ルビ:傾|かたむ》きて今や将に倒れん
とするの《ルビ:有様|ありさま》なり殊に一奇と《ルビ:謂|い》ふべきは同神社の《ルビ:楼門|らうもん》は柱の《ルビ:曲|まが》りたる処もなく《ルビ:瓦|かはら》の落
ちたる《ルビ:跡|あと》も見えねど楼門《ルビ:全体|ぜんたい》は台石より四五寸右の方に《ルビ:位置|ゐち》を《ルビ:転|てん》じたり《ルビ:個|こ》は建築の《ルビ:堅|けん》
《ルビ:牢|らう》なるが為め大地震も之を《ルビ:揺|ゆ》り《ルビ:毀|こぼ》つの力なかりしも上下《ルビ:動|だう》の《ルビ:度毎|たびごと》に少しづゝ地盤より
《ルビ:いざらせ|○○○○》たるものと見ゆ又《ルビ:同神社境内|どうじんじやけいない》にては愛知病院の医員主張して《ルビ:負傷者|ふしやうしや》を治療し
郡吏は《ルビ:焚出|たきだ》しの《ルビ:救助方|きうぢよかた》等に奔走し憲兵屯所伍長と一ノ宮警察署長とは《ルビ:全町|ぜんてう》を二部に分
つて《ルビ:罹災者|りさいしや》の救済に尽力する等頗る《ルビ:繁忙|はんばう》を《ルビ:極|きわ》めたり、因に記す中島郡は愛知全下の中
にて最も《ルビ:被害|ひがい》の甚たしかりし処にて一郡の《ルビ:死者|しゝや》及び潰れ家の数等は《ルビ:曩|さき》に《ルビ:載|の》せたる《ルビ:震災|しんさい》
《ルビ:一覧表中|いちらんへうちう》にあるが如し今其の《ルビ:内訳|うちわけ》を聞くに《ルビ:日光村|●●●》にては《ルビ:潰家|つぶれや》四百六十戸、《ルビ:死亡|しばう》廿五人