翻刻
《ルビ:奥村|●●》にては《ルビ:潰家|つぶれや》六百六戸、《ルビ:死亡|しばう》六十一人、《ルビ:中嶋村|●●●》にては《ルビ:潰家|つぶれや》三百五戸、《ルビ:死亡|しばう》六人《ルビ:馬寄|●●》
《ルビ:村|●》にては潰家二百四十戸、死亡廿一人、《ルビ:大徳村|●●●》にては潰家七百五十戸、死亡五十九人、
《ルビ:三條村|●●●》にては潰家三百八十五戸、死亡四十六人、《ルビ:小信中島村|●●●●●》にては潰家四百四戸、死
亡三十七人、《ルビ:萩原村|●●●》にては潰家五百七十七戸、死亡六十四人、《ルビ:開明村|●●●》にては潰家三百
六十六戸、死亡四十人、《ルビ:明地村|●●●》にては潰家四百二十七戸、死亡四十二人、《ルビ:高井村|●●●》にて
は潰家百五十五戸、死亡八人、《ルビ:神戸村|●●●》にては潰家百三十戸、死亡六人、《ルビ:三輪村|●●●》にては
《ルビ:潰家|つぶれや》百七十一戸、《ルビ:死亡|しばう》六人、《ルビ:起村|●●》にては潰家四百五十戸、死亡三十八人、《ルビ:山形村|●●●》にて
は潰家百六戸、死亡七人、《ルビ:佐賀村|●●●》にては潰は家百八十七戸、死亡七人、《ルビ:新明村|●●●》にては潰
家百二十三戸、死亡十二人、《ルビ:苅安賀村|●●●●》にては潰家二百三十三戸、死亡十人、《ルビ:稲沢町|●●●》に
ては潰家百七十九戸、死亡十九人、《ルビ:豊田村|●●●》にては潰家百四戸、死亡十一人、《ルビ:六輪村|●●●》に
ては潰家百四十四戸、死亡十人、《ルビ:実田村|●●●》にては潰家百八十戸、死亡六人、《ルビ:光堂村|●●●》にて
は潰家二百二戸、死亡十四人、《ルビ:祖父江村|●●●●》にては潰家四百七十七戸、死亡五十一人、《ルビ:片|●》
《ルビ:原一色村|●●●●》にては潰家二百六十七戸、死亡十七人、《ルビ:牧川村|●●●》にては潰家三百六十五戸、死
亡十九人、《ルビ:領内村|●●●》にては《ルビ:潰家|つぶれや》三百九戸、《ルビ:死亡|しばう》二十七人、《ルビ:上祖父江村|●●●●●》にては潰家二百九
十六戸、死亡二十七人、《ルビ:神明津村|●●●●》にては潰家百一戸、死亡三人、《ルビ:山崎村|●●●》にては潰家二
百五十三戸、死亡三十一人、《ルビ:玉野村|●●●》にては潰家百五十戸、死亡二十人、《ルビ:丸半村|●●●》にては潰
家百八十六戸、死亡十五人、《ルビ:西島村|●●●》にては潰家五百十七戸、死亡十人なり
●津島町の震災 海東郡津島町は《ルビ:戸数|こすう》二千七百戸の内《ルビ:損害家屋|そんがいかをく》千二百十七戸、人口
一万九百五十一人の内《ルビ:死亡|しばう》六十六人、負傷者九十一人、同町近傍にも《ルビ:地面|ぢめん》に罅裂を生
じ《ルビ:且泥水|かつでいすゐ》を噴出する事あり又家屋は稍櫛比して一《ルビ:市街|しがい》を為せる所なれば老若男女の《ルビ:慌|あわ》
て《ルビ:惑|まど》ひて《ルビ:逃|に》げ《ルビ:走|はし》るさま其の騒動言語の能く尽す所にあらず人々《ルビ:孰|いづ》れも露宿して夜を《ルビ:明|あか》
す等其惨苦のさまは概ね他の町村に《ルビ:異|こと》ならねど被害の家屋多かりし《ルビ:割合|わりあい》には死傷者の
少なかりしは《ルビ:切|せめ》てもの幸ひなりとて人々《ルビ:跡|あと》にて喜び合ひしと云ふ
〇津島郵便局長の危難 津嶋郵便局長佐脇平三郎氏は《ルビ:右震動|みぎしんどう》の発すると《ルビ:同時|どうじ》に妻子を
《ルビ:呼起|よびおこ》し《ルビ:直|たゞち》に其保管せる貯金及び為替金を《ルビ:取出|とりいだ》さんと貯金室に立入る折しも忽然大鳴動
と共に家屋崩壊し妻子三人とも《ルビ:落来|おちきた》る天井のために《ルビ:圧倒|あつたう》され如何とも《ルビ:詮方|せんかた》なきより頻