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コレクション: STAGE2

愛知岐阜福井三県 大地震見聞録(内題) - 翻刻

愛知岐阜福井三県 大地震見聞録(内題) - ページ 33

ページ: 33

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て露宿(ろしゆく)せり、以上は扶桑(ふさう)新聞(しんぶん)に見えたる同市震災及び火災(くわさい)実況(じつきやう)の一班(いつぱん)なるが猶ほ当時 在京(ざいけふ)岐阜県知事へ上申(じやうしん)の為め上京したる同県雇大坪俊三氏の談話(だんわ)に依れば二十八日午 前六時四十分|頃(ころ)なりし岐阜市に於て突然(とつぜん)轟々(がう〳〵)霹靂(へきれき)の如き響(ひゞき)天地を震動(しんどう)するや之と同時 に諸方(しょはう)の家々皆|破壊(はくわい)若くは潰倒(くわいたう)見る〳〵四方に火起り或は倒屋(たふれや)の為め圧死(あつし)したるもの あり或は負傷(ふしやう)したるもあり命から〳〵|免(の)がれ出たるものは街上(がいじやう)若くは広き空地(くうち)などに 蓆(むしろ)を布(し)き或はケットを延(の)べて之に避(さ)く此変あるや氏は直ちに県庁に駆(か)け着けたるに未 だ県吏等の来(きた)るものあらず間もなく警部長の官服(くわんぷく)を着けて来るものあり之れと共(とも)に県 庁前の今泉分署を以て救援所(きふえんしょ)に充て兎角(とかく)する内に参事官書記官其他の県吏等|追々(おひ〳〵)に馳(は) せ集(あつま)り先づ第一に鎮火(ちんくわ)に着手せんとしたるも消防具等|皆(みな)倒屋(たうをく)の下(しも)に圧(お)し込(こ)められ又消 防夫等の死傷(しゝやう)もあり旁々(かた〴〵)消防夫を以て鎮火に従事(じうじ)すること難ければ巡査(じゆんさ)を手分(てわけ)して各 々其事に当(あた)らしめ且つ幸にして師範学校中学校等は無事(ぶじ)なりしを以て両校長に談じて 両校の生徒(せいと)を以て消防に尽力せしめ又|一方(ひつほう)には市中の医師(いし)一同を招集(せうしふ)して負傷者の手 当を為さしめたり当時(たうじ)多くは皆|朝飯前(あさめしまへ)なりしを以て炊出(たきだし)をなさんとするに家々皆|倒壊(たうくわい) して米(こめ)を得るに難く監獄(かんごく)の米を出して其資に充(あて)たり其内に人民追々|集(あつま)り来りて負傷者 を救(すく)はんことを乞(こ)ひ或は圧倒者(あつたうしや)を救ひ出さんことを訴ふるもの蟻(あり)の如くなれば監獄の 囚人(しうにん)をして或は圧死者を掘出(ほりいだ)さしめ或は負傷者を救ひ出さしめ監獄(かんごく)病院(びやうゐん)等を以て之が 救援所(きうえんしよ)に充てたり然れども病院或は医師(いし)の薬剤等(やくざいとう)は既に用ひ尽して而して薬舗(やくほ)は既に 倒屋若くは炎焼(えんせう)したる為め薬餌(やくじ)全く欠乏を告ぐるに至れり其間に二三ヶ所は漸く鎮火(ちんくわ) を見るに至れるが火炎(くわえん)の最も大なるものは鍛冶屋町より出(いで)たるものみりといへり夫よ り氏は右の状況(じやうきやう)を在京の知事に報せんため同日午後を以て同地(どうち)を発せんとしたるも人 力車夫は大抵(たいてい)妻子死傷のため僦(やと)はるゝものなく漸く一輌(いちりやう)の車を雇(やと)ひ得て食料には米鰹 節等を携(たづさ)へ先づ名古屋に向ひたるが途中|震災(しんさい)の惨状(さんじやう)はなか〳〵言語に尽(つく)し難く潰家等 の為め車を行(や)るに由なく車を下りたること数々(しば〳〵)なりしといふ以て其の概略(がいりやく)は想見する に足(た)るべし云々  編者(へんしや)曰く余が岐阜(ぎふ)に到りしは十一月二日の事にして震災(しんさい)当日より既に六日を経過せ  し後(のち)なり其の惨状は概ね右(みぎ)に掲げたるものと大同小異(だいどうせうゐ)なれども実地に臨めば転た酸(さん)