翻刻
《ルビ:鼻|び》に堪へずして一《ルビ:層|そう》《ルビ:感情|かんじやう》を強むるに至れり今ま《ルビ:重複|ちうふく》ながら筆を《ルビ:震災|しんさい》《ルビ:当時|とうじ》の模様より
起して予が《ルビ:実見|じつけん》の《ルビ:概略|がいりやく》を記せば二十八日午前の大地震は一時に《ルビ:強大|きやうだい》なる上下動を来
しソレと云ふ間もなく《ルビ:家屋|かをく》はバタ〳〵と《ルビ:潰|つぶ》れ且同時に諸所より出火し折ふし西風《ルビ:烈|はげ》
しく吹きすさびたれば見る間に《ルビ:火焔|くわえん》四方に広がり全市五千八百五十二戸の内二千二
百《ルビ:余戸|よこ》までを焼き尽して潰れ家も一千余戸の多きに及びぬ其の《ルビ:罹災|りさい》の《ルビ:部分|ぶゝん》は市の東
北最も太だしく伊奈波《ルビ:神社|んじや》の《ルビ:本殿|ほんでん》も《ルビ:焼失|せうしつ》し金華山麓の《ルビ:樹木|じゆもく》も木の葉茶褐色に焼けた
る程なれば《ルビ:災|わざは》ひを此の《ルビ:山麓|さんろく》に避けたる者には煙の為めに《ルビ:呼吸|こきう》《ルビ:塞|ふさ》がりて斃れたるもあ
りしとぞ去れば岐阜市の《ルビ:被害|ひがい》は《ルビ:震災|しんさい》よりも寧ろ火災に多く終に此の《ルビ:惨状|さんじやう》を来したる
ものにして若し出火なからしめなば斯くまでにはあらざりしなるべしと予は《ルビ:思|おも》へり
《ルビ:市内|しない》にて重立ちたる《ルビ:建物|たてもの》の中にて《ルビ:県庁|けんちやう》、《ルビ:裁判所|さいばんしよ》、《ルビ:警察署|けいさつしよ》、郵便電信局等は《ルビ:諸所|しよ〳〵》《ルビ:破損|はそん》
を生じながらも漸くにして《ルビ:旧態|きうたい》を存し《ルビ:大仏堂|だいぶつたう》も少しく西に傾きたる迄にて先づ無事
なり其他市の《ルビ:西南部|せいなんぶ》は概ね《ルビ:損害|そんがい》少なきも独り金津《ルビ:遊郭|いうくわく》は《ルビ:総戸数|そうこすう》凡百戸ばかりの中潰れ
家五十五戸、死亡者二十名、内外 (《ルビ:内娼妓|うちしやうぎ》七名あり)《ルビ:重傷|ぢうしやう》四十五人ありて一戸として
害を被らざるはなく《ルビ:就中|なかんづく》《ルビ:金波楼|きんぱろう》の如きは家内十六人悉とく《ルビ:梁下|はりした》に敷かれて《ルビ:逃道|にげみち》を失
ひ五人までは死亡し《ルビ:重傷|ぢうしやう》を負ひたる者も亦た随つて多かりしと云ふ、《ルビ:焼地跡|やけちあと》は未だ
取片付けも《ルビ:行届|ゆきとゞ》かず《ルビ:破瓦|はぐわ》《ルビ:累々|るゐ〳〵》道を埋め辻々には何町と記したる札を《ルビ:樹|た》てゝ漸く《ルビ:旧市|きうし》
《ルビ:区|く》を知らするまでの《ルビ:目標|めじるし》となし未た定まりたる《ルビ:救済所|きうさいしよ》もなき事なれは被害者は岐阜
公園其他の《ルビ:広場|ひろば》に逃け除きて僅かに《ルビ:雨露|うろ》を凌ぐの《ルビ:有様|ありさま》《ルビ:実|じつ》に目も当られぬ程なり、県
庁員は去月廿九日より師範学校、西覚寺、公園の三ケ所に《ルビ:出張|しゆつちやう》して《ルビ:窮民|きうみん》に白米等を《ルビ:施|せ》
《ルビ:与|よ》し又岐阜病院にて本日 (十一月二日)迄《ルビ:治療|ぢれう》を施せし《ルビ:負傷患者|ふしやうくわんじや》は一千四百七十余名
の多きに及びたるが其内にも打撲の外患を受けたる《ルビ:者|もの》《ルビ:最|もつと》も多く其の《ルビ:割合|わりあひ》に火傷者は
無かりしと云へり又岐阜市の《ルビ:宿屋|やどや》は大概半潰れとなり今小町の《ルビ:玉井屋|たまゐや》、《ルビ:津国屋等|つのくにやとう》は
漸くにして《ルビ:破壊|はくわい》の難を危かれたれど茲には公用を帯びて《ルビ:出張|しゆつちやう》せる官吏《ルビ:多人数|たにんず》《ルビ:投宿|とうしゆく》し
たれば《ルビ:通常|つうじやう》の《ルビ:旅客|りよかく》を止めず去れば態々《ルビ:遠方|えんはう》より見舞に来れる人々等は《ルビ:食事|しよくじ》と宿泊所
に困り已むを得ず傾きたる《ルビ:人家|じんか》の《ルビ:軒下|のきした》に《ルビ:佇|たゝず》みて一夜を明かしたるも多かりと聞きぬ
予等は県庁の《ルビ:尽力|じんりよく》に依り漸く八軒道路の《ルビ:濃陽館|のうやうくわん》に《ルビ:投宿|とうしゆく》するを得たれど茲にも数十名