翻刻
【図の表題】根尾谷被害地略図
死者二百五人、《ルビ:負傷者|ふしやうしや》二百四十人に及びたり殊に奇なるは水鳥より《ルビ:樽見|たるみ》に《ルビ:通|つう》ずる間
十町に五丁の《ルビ:平地|へいち》あり此所は地震の起ると共に五間余り土中に《ルビ:陥|おちい》りしが其表面は毫も
《ルビ:缼損|けつそん》せず又壊崩せず現形の儘にて《ルビ:草木|そうもく》の類も更に害を受けずして《ルビ:旧|きふ》の如く生茂り居れ
り是より《ルビ:先夫|さきか》の白山に《ルビ:異状|ゐじやう》の《ルビ:有無|ゆうむ》を《ルビ:探|さぐ》らんために《ルビ:赴|おもむ》きし岐阜県警察本部の巡査は根尾
谷の変災甚だしく山間の小径悉く《ルビ:破壊|はくわい》して進むことならず遂に白山の《ルビ:手前|てまへ》より引返し
たれば《ルビ:実地|じつち》の《ルビ:模様|もやう》は知るに由なきも手前より望みし所にては《ルビ:別|べつ》に異状なきものゝ如く
なりと又大野郡の中にて《ルビ:田面陥落|でんめんかんらく》して深き池を生じ《ルビ:泥水|でいすゐ》の《ルビ:湛|たゝ》えし上に大なる樹木の《ルビ:幾|いく》
《ルビ:株|かぶ》となく根こぎの儘浮上り居れる所ありと《ルビ:尚右|なほみぎ》根尾谷被害の模様は《ルビ:参照|さんせう》の《ルビ:便|べん》を図り右
に略図を載す
編者附きて云ふ余は十一月三日岐阜を《ルビ:発|はつ》して此の根尾谷に赴きしに山口金原両村間の
《ルビ:倒家|たほれや》は割合に多からず金原以北の村々は概ね六七《ルビ:分通|ぶとほ》りの潰家あり既にして水鳥村
にいたれば糸貫川の左岸即ち《ルビ:山崖|さんがい》に沿ひたる処に長さ凡そ三百間、幅凡そ六十間、
《ルビ:深|ふか》さは平均十四五丈の一大陥落あり此影響にや山腹《ルビ:処々|ところ〴〵》に小さき山崩れを《ルビ:生|せう》じ其痕