翻刻
関する如き価値(かち)なきものなれば地学者も猶(なほ)未(いま)だ名称(めいしやう)を附(ふ)するの必要(ひつやう)を見ざりしもの
なれども今回の地震(ぢしん)には其 関渉(くわんしやう)するの所大なるものとす因て便宜(べんぎ)の為め仮りに此
帯を近美地溝帯と号し下に掲ぐるものを伊勢湾地溝帯(いせわんちこうたい)と称す伊勢湾(いせわん)地溝帯は遠く太
平洋中より起り志摩三河(しまみかわ)の間より伊勢の海に入り北進(ほくしん)して伊勢の東部尾張の大半(たいはん)美
濃の南部(なんぶ)に至り近美 断層帯(だんそうたい)に接(せつ)し又其分岐知多湾 若(もし)くは渥美湾(あつみわん)となれり且美濃平地
の中山道以北に延長(えんちやう)するものは蓋(けだ)し伊勢湾断層帯の他の帯と交又(かうさ)したる十字 線(せん)の外
に延長(えんちやう)するもの〻如く其一部は猶遥(なほはるか)に越前に達(たつ)するやも亦知るべからず
本州 地域(ちゐき)の火山脈(くわざんみやく)に富むや明かなる事実(じゞつ)にして其最も之に乏(とぼ)しき地方は琵琶湖(びわこ)の東
西即ち今回 地震(ぢしん)の発現(はつげん)せる地方にして之に連なる強震地(きやうしんち)の越前は白山噴火脈(〇〇〇〇〇)其北部
に国見鷲巣(こくみわしず)の休火山を出し伊賀伊勢の一 隅(ぐう)に室生山尼ケ岳(たけ)三河の東陬(とうさう)に鳳来山あり
て阿蘇噴火脈(〇〇〇〇〇)の蹝を垂るゝのみ美濃尾張近江の三国には従来(じうらい)の調査(てうさ)に拠れば一箇の
火山だも其存在(そのそんざい)を認めず然れども其 地體(ちたい)の脆弱(ぜいじやく)なるべきの理は前に述ぶる断層帯(だんそうたい)の
縦横(じうわう)するを観て考察(かうさつ)し得べきを信ず是即ち地妖(ちえう)の因て以て起る所なり
地震の種類
地震の学説(がくせつの)古昔(いにしへ)より唱道(しやうだう)する者多しと雖も間〻 信(しん)ずるに足らざるものあり又(また)学者(がくしや)自
ら居住(きよぢう)の地に起れる地震 (例せば火山地方(くわざんちはう)の人は火山地震のみを知りて他を言はざ
るの類)の学理(がくり)を以て各般(かくはん)の地震を支配(しはい)せんとするものあり近代(きんだい)に至りては地震を
三 大別(だいべつ)に分つ曰く陥落地震(〇〇〇〇)即ち地水の為(た)めに浴解(ようかい)せらるゝ等にて地中に空隙(くうげき)を生じ
其 蓋覆(がいふく)せる地盤の陥落(かんらく)するに由て起るものゝ 謂(いひ)にして石膏石灰石等(せきかうせきくわいせきとう)は往々此変異を
生ずることあれども其区域概(そのくゐきがい)して狭隘(きやうあい)なり曰く火山地震(〇〇〇〇)即ち地下に発生(はつせい)する気体鬱(きたいうつ)
積(せき)し其 圧力宏大(あつりよくかうだい)となりて之を蓋ふところの地皮漸く支(さゝ)ふることは能はざるに及んで爆(ばく)
裂併発(れつへいはつ)するより起る地震(ぢしん)にして火山 噴火(ふんくわ)の際に見る現象(げんしやう)なり阿蘇浅間富士近くば熊
本 金峯山(きんぷざん)岩代磐梯山の併発悉く地震(ぢしん)の源因(げんゐん)にして一箇の中心(ちうしん)より蕩揺波浪を興すも
のとす世人(せじん)多くは此般(このはん)の地あるを知て他(た)を知らざるものなり本邦 実(じつ)に此地震の発作
することありて然(しか)るなるべし然(しか)れども莫大(ばくだい)の災害(さいがい)を残して邦土人類を殄滅(ちんめつ)するもの
は地辷地震(〇〇〇〇)即ち断層地震なり地辷(ぢすべり)地震は造山力 (地球の収縮(しうしく)に起因(きゐん)する地動力にし