翻刻
立ず潰家同様にて死人ハ山のことし凡弐千
七百人|怪我(ケガ)人九百人程馬百七十三疋牛弐疋
大地にめり込家数廿軒宮寺四十六軒郷蔵
廿二ヶ所是ハ六万石ばかりの内也中にも|哀(アハレ)
|成(ナル)ハ此度善光寺開帳にて諸国参詣の男女
此所止宿の者不案内にて途方に暮れ弐百人
余も|押(ヲシ)うたれ即死をなす一生けん命御仏に
願はんと所の者旅人本堂にかけ入一心に|念(子ン)じたる
者七百八十余人ける大災別而此辺強く火難の
中に本堂山門経蔵のミ破損なく流石今に
至る迄三国伝来ゑんぶだごんの尊像にて利益
の程尊むべし本堂ハ広間十八間奥行三十六
間東西南北四方表門にて寺号ハ四ッ有《東ハ》
定額山善光寺《西ハ》不捨山浄土寺《南ハ》当めい山
無量蔵寺《北ハ》北空山雲上寺天台宗にて寺
領千石尼寺にて古來ハ人の知る所也扨又水内郡
北ふせ神代あさの大かに沢今井赤沢三ッさかい村
茂右衛門村駒たて戸隠に泉どうり大坪曽根北条
小さかゐわらひふるさは 第一飯山御城下至てきび
しき地震にて逃んとすれバころび|足(アシ)たゝずあを
のけにはうより仕方もなく老人子供ハ|泣叫(ナキサケ)び
地ハ|裂(サケ)土砂を吹出し山ハ|崩(クズル)れ男女の死亡ハ
爰にて四百三十其外在方多く此内丹波川
かハ付村一同に押流し行方をしらず更科郡ハ
内小じまはし本大原和田古市かるい沢よしハら
竹房今和泉三水何んぞこ小松くぼ寺なかのうし
ろ町皆家々をたをす中にも稲荷山二而廿八
軒潰れたる家ハ廿八日にハ大水に押流し
行衛しれず爰に岩倉山と云高山高さ拾