翻刻
仇(あだ)を報(ほふじ)たりと吹聴(ふいてう)し公然(きんぜん)〻として弐人(にゝん)の肉(にく)を甘(あま)ん
せり人其姦計をにくめとも皆飢疲(みなうへつか)れて相互(あいたがい)に親(おや)子
兄弟(けうだい)といへども打殺(うちころ)し喰時節(くふじせつ)なれは誰咎(たれとがむ)る者(もの)もなく
彼(かの)男も終(つい)に餓死(ぐわし)し果(はて)たり扨(さて)又|他日泊(たじつとま)りし家(いへ)は
甚大家(はなはたたいけ)にして其構(そのかまへ)も厳重(げんちう)に間数(まかず)も多(おゝ)く大蔵(おゝくら)も
三四ケ所程建並(しよほとたてならへ)り此家富(このいへとめ)る故其頃(ゆへそのころ)も恙(つゝが)かなかりし
にやと尋(たつぬる)に亭主答(ていしゆこたへ)て中〻|富(とめ)るも何(なに)の用(よふ)にか立(たゝ)ん
某(それがし)など不思議(ふしぎ)に命活延(いのちいきの)びて今日に逢(あ)へり御|覧(らん)の
如(ごと)く先祖(せんぞ)の影(かげ)にて相応(そうおう)に暮(くら)し田地(でんし)も所持(しよじ)し二三百
石(こく)は作(さく)誌も有之其外(これありそのほか)金子も少〻は貯(たくわ)へ耕作等(こうさくとう)に
人|多(おゝ)く入は召仕男女合(めしつかいなんによあわせ)て三十七人也|其年(そのとし)も凶年乍(きよねんなから)
に少〻の米(こめ)も所持致(しよちいた)し雑穀(ぞうこく)とり集(あつめ)三百|石程貯(こくほとたくわ)へ
有(あり)しが次第(しだい)に喰物不自由(くいものふじゆう)に成行此村(なりゆきこのむら)にても
餓死(ぐわし)する者(もの)も有近隣殊(ありきんりんことの)之|外(ほか)いたみぬれは貯(たくわ)へ置(おき)
し前の米穀取出(べいこくとりいた)し少〻宛救(せう〳〵つゝすく)ひ与(あた)へしに後(のち)には餓(うへ)人
夥(おひたゞし)く毎(まい)日|五解(ごげ)七|解(げ)の米(こめ)を与(あたふ)れども壱人|前(まへ)には