翻刻
纔(わずか)の事(こと)にて中〻すくひ遂(とぐ)べき共見へす所持(しよじ)
する米穀(べいこく)も大かた与(あた)へ尽(つき)んとするに世間(せけん)の困窮甚(こんきうはなはた)
しく他国(たこく)よりは一|粒(りう)も入|来(きた)らす此躰(このてい)にては頓而我〻(やかてわれ〳〵)も
餓死(ぐわし)すべく見(み)へけれは其時(そのとき)に至(いた)り迚(とて)も一|国(こく)の人民(じんみん)を
救(すくは)ん事は千石万石(せんごくまんごく)の米(こめ)にても叶(かの)ふへからずせめては
我家(わかいへ)に年来養(ねんらいやしの)ふ所(ところ)の男女斗(なんによばかり)も救(すく)ふへしと夫より
他(た)人に与(あた)へ救(すく)ふ事を止(やめ)めて終(つい)に弐拾石斗残(にじつこくばかりのこ)りたる
米(こめ)を我(わ)が人数(にんす)の用(よふ)となして居(い)たりしに飢渇(きかつ)の者(もの)
日〻に多(おゝ)くなり食(しよく)を乞(こう)もの山の如(ごと)く出来(いてき)たり
後(のち)には数(す)百人みたりに家(いへ)の内へ押(おし)入て食物(しよくもつ)を
奪(うば)ひ去(さ)る其勢(そのいきお)ひ次第(したい)に募(つの)りて昼夜(ちうや)の差別(さべつ)
なく入|来(く)る故食物(ゆへしよくもつ)を奪(うはわ)れては我家内(わかかない)の存命(ぞんめい)
叶(かな)ひかたけれは手勢(てぜい)にて是(これ)を防(ふせ)くに敵(てき)は大|勢(ぜい)
なれとも数日飢疲(すしつうへつか)れたる者(もの)ともなれは味方(みかた)壱人して
敵数(てきす)十人を抛(なげ)ちらすされは此|働(はたらき)に昼夜少(ちうやすこ)しの間(ま)も暇(いとま)
なけれは食事(しよくじ)もやう〳〵|握(にぎ)り飯(めし)を立(たち)ながら食(しよく)す