翻刻
其頃家内追〻餓死(そのころかないおい〳〵ぐわし)して親壱人(おやいちにん)子壱人のみにな
れり時(とき)に其父一計策(そのちゝいつけいそく)を案(あん)じ出しその隣(となり)に往(ゆき)て言(いふ)
扨(さて)も互(たがゐ)に空腹(くうふく)なる事也我方(ことなりわがかた)も今は男子壱(なんしいち)人|残(のこ)れり
是(これ)も殊之外(ことのほか)に餓痩(うへやせ)たれは両三日之内には死(し)すへし迚(とて)も
死(し)に行(ゆく)もの徒(いたづら)にせんよりは息(いき)の有内打殺(あるうちうちころ)して食(しよく)せん
と思(おも)へどもさすが肉親(にくしん)の恩愛手自(おんあいてづか)ら打殺(うちころす)にしのび
ず依(よつ)て足下(そつか)を頼(たの)み申也|我子(わがこ)を殺(ころ)して給(たま)はらば
其半肉(そのはんにく)を送(おく)り申へしと誠(まこと)しやかに頼(たのみ)にそ隣家(りんか)の
男(おとこ)大に悦(よろこ)ひ半分(はんぶん)の肉(にく)たに給(たま)はらばいと安(やす)き事也
とて頓(やが)て△【挿入:△鉈を】鉈を携へ往(ゆき)て打(うち)けるにさなきたに死(し)せんとせし
子|唯(たゝ)一|打(うち)にて息(いき)たへたり親(おや)も側(そば)に見居(みい)しがすかさす
隣(となり)の男(おとこ)を斧(おの)をもつてしたゝかに打隣(うちとなり)の男(おとこ)も飢疲(うへつかれ)
れたる所那(ところな)れば其侭(そのまゝ)に息(いき)たへけり扨(さて)一ツの計策(けいそく)
を以両(もつてりやう)人の肉(にく)を得(へ)たるなれは早速弐人共料理(さつそくにゝんともしやうり)して
塩漬(しほづけ)にし一月|斗(ばかり)を凌(しのぎ)けり近所(きんじょよ)へは隣家(りんか)のもの
餓(うへ)たる余(あま)り我方(わがかた)の子を打殺(うちころ)し喰(くわ)んとせし故(ゆへ)その