翻刻
して命(いのち)を保(たも)てりと言(い)ふ夫はいかゝして命を繋(つな)ぎし
や定(さた)めて貯(たくわ)へ能故(よきゆへ)にやといへは中〻|乏敷身分貯(まつしきみぶんたくわへ)
とては一升(いつせう)もなかりしか某(それがし)か伯父身代貧(おぢしんたいまづ)しからす
相応(そうおう)に暮(くら)すものにて殊(こと)に心|堅(かしこ)きもの也|我〻困窮(われ〳〵こんきう)
に《ルビ:及へる時自分来|およべるときじぶんきた》りて申|様(よふ)世の中|既(すで)にかくのことくなり行
上は汝等(なんじら)も食尽(しよくつき)て牛馬(ぎうば)の肉(にく)も食(しよく)しつらん此(この)上には
人の肉(にく)をも喰(く)ふべければ改(あらた)めて言聞(いゝきか)す也人と生(むま)れて
人|肉(にく)を喰(く)ふ事まことに悲敷(かなしき)こと此上あらしたとへ餓死(ぐわし)
するとも汝等(なんしら)かならず人|肉(にく)を喰(く)ふべからずかく申付る
上は我等(われら)力の及んほとは汝等家族(なんしらかぞく)を養(やしの)ふべしとて
夫(それ)より毎日弐合(まいにちにごう)ツヽ米(こめ)を被贈(おくられ)り家内(かない)八人|此弐合(このにごう)の米(こめ)
を草(くさ)にまぜて煮(たい)て食(しよく)せり聊(いさゝか)の米(こめ)なれは米(こめ)の入たる
やうにも見へす草斗(くさばか)り食(しよくせ)しやうに覚(おぼへ)しがされども米(こめ)の
力脾胃(ちからひい)を養(やしな)ひし故(ゆへ)にや八人の家内(かない)壱人も死(し)せず近辺(きんへん)
の家(いへ)にて草斗食(くさはかりしよくせ)し者(もの)は大かた餓死(ぐわし)せり誠(まこと)に
伯父(おぢ)の厚恩(こうおん)によりて今此物語(いまこのものかたり)かたりをするとなり