翻刻
なれは卯年には嘸(さぞ)かしと思(おも)ひやられたり其頃犬一疋(そのころいぬいつひき)
の価(あたへ)五百文八百文に及ひ鼠(ねつみ)一|疋(ひき)五十文百文に商(あきなひ)し
とそ後(のち)には商人(あきうど)もなく山郷等毛(やまさととうけ)ものも取尽(とりつく)し飼食(へじき)
なけれは鳥(とり)も来(きた)らす器物(きぶつ)は何(なに)も無用(むよう)のものなりとて
正宗等(まさむねとう)の打物(うちもの)といへとも米(こめ)壱升に代(かへ)へ定家(ていか)の小倉色紙(おくらしきし)
も右|同様(どうよう)に替(かへ)たり抔(など)いへり誠(まこと)に金玉(きんきよく)は尊(たつと)けれとも薪(まき)
にもならす器物(きぶつ)は重宝(ぢうほう)なれとも食(しよく)しかたし五穀(ごこく)の尊(たつと)き
事|忘(わす)るべからす南都(なんと)の地森岡(ちもりおか)より北(きた)の方皆(かたみな)かく
のごとし南部仙臺(なんぶせんだい)なとは餓死(ぐわし)する者夥(ものおひたゝ)しけれとも
津軽程(つがるほと)にはあらず今に至りても東北(とうぼく)の事(こと)を思(おも)ひ出
しては心中|惻然(れいぜん)として気分悪敷(きぶんあしく)なる事(こと)を覚(おぼ)ゆ
たゞ爰(こゝ)に記(しる)すは百分(ひやくぶ)が一也|且津軽(かつつかる)にて或慥成(あるたしかなる)人に
聞(きゝ)しに其頃餓死人津軽四万石(そのころぐわしにんつかるしまんごく)の領内(りやうない)にて弐(に)十万人
程(ほど)なり他郷(たけう)へ走(はし)りて死(し)し或(あるい)は帳面(ちようめん)に洩(もれ)たるもの幾(いく)
万人といふ数知(かづし)れすとそ大概津軽(たいがいつがる)は人|種尽(だねつき)たり
と言是(いふこれ)にて領分(りやうぶん)の土地広(とちひろ)き事(こと)を知(し)るへし