翻刻
延宝(えんほう)三年乙卯|飢饉(きゝん)これより五十七年を過て
享保(けうほ)十七年壬子|飢饉(きゝん)此のち五十一年ありて
天明三年癸卯|飢饉是(きゝんこれ)に逢(あい)し人は今も多(おゝ)し
此凶年飢饉(このきよねんきゝん)の難度〻(なんども)有(あり)し事斯(ことかく)のことし扨(さて)その
年数(ねんすう)を計り見るに近(ちか)けれは三四十年の間にあり
遠(とを)くとも五六十年の内には来(きた)ると思(おも)ふべし然(しかれ)は
其間(そのあいた)は百年共なき事と心|得(へ)今にも来(き)まじき事
にあらすと深(ふか)く恐(おそ)れ此事(このこと)を常(つね)に忘(わす)れす農業(のうげう)を
第(だい)一に励勉(はげみつと)めて穀物(こくもつ)を余(あま)し貯(たくは)へ累様(るよふ)に心かけ少し
も怠(おこたる)べからす此きゝんは人間|世界(せかい)の大変(たいへん)なり此時(このとき)に
当(あた)り人の死(し)すると活(いけ)るとは唯手当(たゞてあて)の無(なき)と有(ある)との事也
此手|当(あて)の貯(たくわ)へなき時(とき)は実(じつ)にあやうき事たりと思ひ
生涯(せうがい)の一大事は是(これ)に止(とゞま)まると知(し)るべし但右卯(たゞしみぎう)の飢饉(きゝん)
は関東(くわんとう)のうちは大飢饉(おゝきゝん)といふにいたらす其故(そのゆへ)は秋作(あきさく)の
実(み)のりも少(すこ)しは有(あり)又|御領主方(ごりやうしゆかた)ゟ御|救(すくい)の米穀(べいこく)およひ
友救(ともすくひ)の雑穀等(ぞうこくとう)も有(あり)し故食(ゆへしよく)餌のたえてうへ死(し)せし