翻刻
といふ程(ほと)の者(もの)は壱人も無(なか)りけりた〻|奥筋(おくすじ)の国〻(くに〳〵)
にては餓死(ぐわし)せしが多(おゝ)く有(あり)けり前(まへ)にも言(いふ)如く大|飢饉(きゝん)
の所にては食物(しよくもつ)の類(るい)とては一|色(いろ)もなけれは牛馬(ぎうば)の肉(にく)は
いふに及(およ)ばす犬猫迄(いぬねこまで)も喰(く)ひ尽(つく)しけれとも終(つい)に命(いのち)を
たもち得(へ)ずしてうゑて死(しに)けり其甚(そのはなはだ)しき所にては家(いへ)
数(かづ)二三十も有(あり)し村〻或(むら〳〵あるい)は竃(かまど)の四五十も有(あり)し里〻(さと〳〵)もみな
死尽(しにつく)し壱人として命(いのち)を保(たもち)ちしはなきもあり其
なき跡(あと)を弔(とむろ)ふものなけれは命(いのち)の終(おはり)し日も知(しれ)す
死骸(しがい)は埋(うづ)めざれは鳥獣(とりけもの)の餌食(へじき)となり庭(には)も
門(かど)も草(くさ)むらと荒(あれ)て一|村(むら)一|里(さと)すべて亡所(ぼうしよ)となりしも
有(あり)かく成果(なりはて)て見(み)る時(とき)は是(これ)に過(すぎ)し悲(かなし)みはなし然(しかる)を
其(その)よし知(し)らぬ人は何程(なにほど)の飢饉(きゝん)たりともさまでの事
は有まし抔思(なとおも)ふもあらんか其(その)うたかひをはらさせん為(ため)
我慥(われたしか)に聞届(きゝとゝけ)しを示(しめ)す也
右卯の飢饉(きゝん)の後上州新田郡(のちぜうしうしんてんごふり)の人に高山彦(たかやまひこ)九郎と
《ルビ:言し有奥羽一見|いゝしものありおふういつけん》のため彼国(かのくに)に至(いた)りこゝかしこと