翻刻
所を見ては殊更(ことさら)に驚(おとろ)かれ恐(おそろ)しき事とも也との
物語(ものがたり)なり是(これ)は相違(そうい)なき事と我聞(われきゝ)うけし也さあれは
大|飢饉(きゝん)の恐(おそろ)しさうえて死尽(しにつく)せし有様此(ありさまこの)一ケ条(でう)ヲ以(もつて)
其外(そのほか)をさつすへき事也
凡民(およそたみ)は貧(まつし)くして貯(たくはへ)なきか多(おゝ)きものなれは忽(たちまち)に
うへに|?(しづ)めりせめてはうえを凌(しのが)んとて蕨(わらび)の根葛(ねくず)
の根(ね)又|者野老(はところ)の類(るい)を堀取(ほりとり)つゝ扶食(ふしよく)とせり其(その)
求(もとむ)る有様(ありさま)は山に登(のぼ)り谷(たに)に下(くだ)り其辛労限(そのしんろうかぎり)なし
其上製(そのうへせいじ)しこなす事もたやすからす一日のかせきにて一日の
食(しよく)に当(あた)りかねけり又|栗柿(くりかき)したみ樫(かし)の実(み)くぬきの
実(み)を拾(ひろ)ひ其外(そのほか)木の葉草(はくさ)の根(ね)をつみれとして凡(およそ)人
の口へ入といふものとたに聞(きけ)は何(なに)によらすくらいつゝ只命(たゝいのち)を
つなく事(こと)のみ也かく千辛万苦(せんしんばんく)して心を労(ろう)し力(ちから)を
尽(つく)しけれとも尚其飢(なをそのうへ)を凌(しのく)に足(た)らすありしかは食物(しよくもつ)を
假(から)んとすれともきゝんは世間(せけん)一|同(どう)たれは何方(いづかた)にても穀物(こくもつ)
とては不足故(ふそくゆへ)に貸(かす)人なし金銭(きんせん)とても殊(こと)に不通用(ふつうよう)