翻刻
家(いへ)を漂流(ひやうりう)せしとなり
翌卯年凶作(よくうとしきよさく)にて飢饉(きゝん)たりし事天よりは災(さい)を
降(くだ)し地(ち)にも変有(へんあ)りしよりおこれり其故(そのゆへ)は前年(ぜんねん)
寅(とら)の冬気候(ふゆきこう)いつもとは大にたかへり夫冬(それふゆ)は寒(さむ)かるべき
に左(さ)はなく其冬(そのふゆ)は甚暖(はなはたあたゝ)かにして菜(な)の花抔咲揃(はななどさきそろ)ひ又
笋(たけのこ)を生(せう)じすべて陽気春(ようきはる)の三月|頃(ころ)の如し且時(かつとき)なら
ざるに雷鳴度(らいめいどゝ)〻|有(あり)大|坂(さか)にては御|城(しろ)の御門に雷落(らいおち)
て焼(やけ)しと聞(きこへ)えし極(ごく)月にかく有事(あること)は前代未聞(ぜんだいみもん)の天災(てんさい)
なりとて人〻|恐(おそ)れおのゝけり扨其年(さてそのとし)も暮(くれ)て明(あけ)れは
卯(う)の年(とし)となりぬ此春(このはる)は猶更暖(なをさらあたゝ)かならとの思ひしに
冬(ふゆ)とは引替(ひきかわ)りて寒気甚(かんきはなはた)しく其上|雨(あめ)のふる日|多(おゝ)く
して晴天(せへてん)はまれなりしされ共|夏(なつ)に及(およ)びしに麦作(むきさく)は
いつもと左(さ)までちがひもなく取(とり)上ケけりかくて五月に
なりぬれは暑気(しよき)の節堂(せつた)れどもさはなくて田|植(うへ)の
時(とき)に至(いた)れども余寒猶去(よかんなをさ)らず人|皆綿(みなわた)入を着(き)て火に
あたるほどなれは此寒(このさむ)さにては作物不熟(さくもつふじゆく)ならん