翻刻
飢(う)へす四度|服(ふく)すれは弐千(にせん)四百日|飢(う)へす其後(そのゝち)人
により若食(もししよく)を欲(ほつ)せは又|服(ふく)すへし大凡(おゝよそ)四五|度(たび)も服(ふく)
すれは一生涯飢(いつせうがいうへ)ることなしといふされと是(これ)は仙(せん)方(じゆつ)【左傍にルビ:ほう)】
にて世を捨(すて)て山に入ものは然(しか)るべし常(つね)の人は一|時(とき)の餓(かつ)
死(し)を免(まぬ)かるゝばかりことにして平生(へいせい)は五|穀(こく)の身(み)を養(やしの)
ふにしくはなし若此薬(もしこのくすり)を止(や)めて他(た)の食物(しよくもつ)を食(しよく)せん
と思ふ時はあふひの実(み)三合よりすこし多(おゝ)くせんし
冷(ひへる)を待(まち)て飲(のむ)へし腹鳴(はらな)り腹中(ふくちう)の薬気(やくき)を下して
黄色(きいろ)なるもの出つへし其後は常(つね)の食物何にても
食(しよく)して害(がい)なしあふひといへるは常(つね)の花あふひの事
にてふた葉(は)あふひにはあらす薬店(やくてん)にて売冬葵(うるふゆあほひ)
といふものにてもよし此法今(このほういま)の世に試て其しるし
を得(へ)たる人有|委敷(くわしく)は王氏農書及(わうしのうしよおよ)ひ本草(ほんそう)綱
目救荒本草等に出たり考(かんか)へ見るへし
右之方は天明|飢饉(きゝん)之|節東都(せつとうと)町|医師某(いしそれかし)が用ひ
て家族飢(かそくうへ)を免(まぬ)かれぬ又|寛政(くわんせい)の初(はし)め御|具足師(ぐそくし)