翻刻
其余(そのよ)者(は)皆死絶(みなしにたへ)て軒端打損(のきばうちそん)じ壁崩(かべくずれ)れ町の侍(おもかげ)のみ
残(のこ)れり外(そと)ヶ|浜抔通行(はまなとつうこう)せし時(とき)も向(むかふ)ふに見(み)ゆる村(むら)こそ
家建(いへたて)も大ひに見へ家数(いへかず)もあまたあれは行て休息(きうそく)
せんと急(いそ)き行(ゆき)て見(み)るに煙(けふ)り立(たつ)人|住家(すむいへ)一|軒(けん)もなし
唯茅葺(たゞかやふき)の屋根(やね)のみ残(のこ)り風雨(ふうう)に壁崩(かべくず)れ障子破(せうじやぶ)れ
て竃(かまど)のあたりを見やれは骸骨(がいこつ)ころ〳〵として夫婦(ふうふ)と
見へ或(あるいは)は親(おや)子と見へる酒頭(しやれこうべ)ともなり誰取納(たれとりおさむ)る者(もの)も
なく其哀(そのあわ)れ中〻いふもおろか也|外(そと)ヶ浜(はま)蓬白【田か】蠏田辺
にては天気(てんき)さへ打曇(うちくも)り小雨ふり出ていと物すこき
旅(たひ)人は元より農夫漁(のふふりよう)人も大かた死失(しにうせ)て早朝(そうてう)に宿(やど)を
出るより夜(よ)の泊(とま)り迄(まて)は人|影(かげ)といふもの逢(あい)見る事
稀(まれ)にして只(たゝ)かの白骨路(はくこつみち)の辺(ほと)りにみち〳〵たるに眼(め)のもと
口のまつれよりいと白く細(ほそ)長き草生(くさおゝ)ひいでたるか
風にひら〳〵と吹(ふき)なびきたる有様頻(ありさましき)りに心|細(ほそ)く物(もの)すご
きに気衰(きおとろ)へ足(あし)つかへ腹(はら)さへ餓(うへ)たるゆへ草原(くさはら)に暫(しば)し
休(やす)らひいかに国(くに)のかぎり尋廻(たつねまは)るも能程(よきほど)の有(ある)べし