東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: 学校教材発掘プロジェクト8

女小学 - 翻刻

女小学 - ページ 3

ページ: 3

翻刻

【右丁】 蛤合之記(かいあはせのき) 村上天皇(むらかみてんのう)の御宇(ぎよう) 源(みなもと)の右大臣高明(うだいじんたかあきら)と 申は醍醐帝(だいごてい)の御 子(こ)にて 才学(さいがく)すぐれさせ給ふゆ人 左(さ)大臣と成給ふ西(にし)の宮(みや)の 大臣(をとゞ)と世にかしづき たてまつり時(とき)めき給ひ しが冷泉院(れいせんゐん)の 御宇(ぎよう)ある人のざん げんによつて筑紫(つくし) にながされ給ふ にむらさき式部(しきぶ) 宮(みや)づかへして 大臣(おとゞ)になれした しみたてまつり ければ御 別(わか)れを をしみなげきた てまつる大臣ふ びんにおぼしめし 【左丁】 つねに秘蔵(ひさう)し たまふ海蛤(うんき)耳(みゝ)白 といふ大はまぐり一 貝(かい)を いだし陰貝(めかい)のかた〳〵 をのこし陽(を)貝の かた〳〵を又あふまで のしるしにとて式部(しきぶ) にたまはりけるかくて 四とせ配所(はいしよ)にまし〳〵 後円融院(ごゑんゆういん)の御宇(ぎよう)に 帰洛(きらく)まし〳〵 式部にあたへし かた〳〵の貝を我(わが) かたにのこし給う かた〳〵とうち あわせたまふ よりその比(ころ)の 女房(にようぼう)たちいと 興(けう)あることにおもひて則(すなはち) 式部のかゝれし源氏物語(けんじものがたり)をはま ぐりの中に画(ゑ)かき貝合(かいあはせ)のたわむ れをなせしよりはじまる          とかや

現代語訳

村上天皇の御代に、源の右大臣高明(たかあきら)と申し上げる方は、醍醐天皇の御子であり、才知と学識に大変優れておられたので、左大臣にまでおなりになりました。「西の宮の大臣」と世間から敬い称えられ、

英語訳

During the reign of Emperor Murakami, there was a man known as Minamoto no Takaakira, the Minister of the Right. He was a son of Emperor Daigo and was exceptionally gifted in both talent and learning, rising to the position of Minister of the Left. He was reverently called by the world "the Minister of Nishinomiya," and...