翻刻
なく笑難顕然と心二懸り不便に存ゟ慮境へ逃寄預り声
を懸尋といへとも一人も相見へ不申様子相分不申弥増不審二存
一身を宰早々立出ㇽ存念は山々なれども無拠難悪畠に油断
いたしのみならす飛石の危事に憶しの魂を失ひ懸畠に
突居り御用家を見申処灯燈の大風二ゆらる如く出入之
道は崩石二而畾地も狭く門に出んとすれとも石崩れ道を塞
いかんともすへき様なく仕合なるは去冬御用家建替にて梁行
別而丈夫にて先捻ㇾなから倒れすはかり建具戸袋なと悉く
外れ夫ゟ刀を取出し身一ッ二而門外へ欠出海之見合候処湊内二
懸り居候数十艘之漁船市艇示來目通りに見受候船市艇
之瓦遥見上る程に成海ふくれり山に見へ扨又沖嶋之近辺二
当り海上ゟ真黒き雲と片面は火炎の焼る様にはと雲との
気立上り実に二タ目とは見られす恐敷気過とも何かもて
申様なく早くも津波に押潰さる事のみ恐れ御用物の事
心元なくおもへとも当時御銀は少しも無之拾四五俵の御米
心には懸りなから所詮彼是する猶予は有ましくと見付の
山の手を心さし片息にて欠走り山際迄壱丁餘の所平
日壱里も歩行ほどにてもとかしくおもひ其上通路の家は
灯燈を提ことく扨又当浦は常に風烈く土地ゆへ板屋根に
大石を横たれは棟の石崩落肩に当り通人も有之立置
有之木竹魚桶の類道を遮り此上火災の程も心に懸り水
大地震一時の責実に修羅道の街もかくやあらんと思やられ
何の頓着もなく唯十方にくれ其内爰にある女童の泣
叫声耳に響き其有様譬るにものなく今はとても遁れぬ