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コレクション: STAGE8

地震記 下 - 翻刻

地震記 下 - ページ 61

ページ: 61

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〇皇帝紀抄に云文治元年七月九日未尅大地震洛中洛外の堂社  塔廟人家大略顛倒樹木折落山川皆変す死する者多し其後連日不  休四十餘箇日人皆為に悩心神如酔るか云々 〇長明の方丈記に云元暦二年の頃大なゐふる事ありき其さま  世の常ならず山崩れて川をうづみ海かたふきて陸をひたせり  土さけて水漏上りいはほわれて谷にまろひ入渚こく船は波に  たゝよひ道行駒は足の立どをまどはせり況都のほとりは在々  所々堂舎塔廊一として全からす《割書:中|略》かくおひたゝしくふる事は  しはしにて止にしか其名残しはらくは絶す尋常に驚く  ほとの地震二三十度ゆらぬ日はなし十日廿日過にしかは漸  間遠になりて或は四五度二三度もしは一日ませ二三日に一度なと  大かた其名残三月斗也伝けん云々 〇天文考要に云寛文七壬寅五月畿内の地大に震ふ北江最甚し餘動屡に  発し至る於歳を終るに 〇本朝天文志に云宝暦元年辛未二月廿九日大地震諸堂舎破  壊餘動至て六七月に止まる  かく数々ある中にも皆初は大震して後小動は止されとも初の  ことき大震はなし我友広島正なる人諸国にて大地震に四度  逢たり皆其国に滞留して始末を能く知れり小動舊久し  けれ共初の如きは一度もなしと申されき是現在の人にて証と