翻刻
雷霆と同程也といふも誣へからすと語りき云云中略さて地震後十日廿日を経て暗夜四
方に光を発ス譬ハ遠き電のことしこの事其頃人に語るにこれを見たる者多し因て思ふに
地中の湯気大ニ発すといへともいまた尽く出尽さすその名残昼夜とも漸〻に発するか昼は
大陽の光に見えす夜のミたゝ是を見る也高き山に登りて見るにその光りいつこと定らす
今その身の居る土地よりも火気発するなるへケれとも其所にある人の知らさるのミ
見聞録
一因ニ云この時にあたり安房の国の海濱潮干る事常にくらふれハ三倍セり故に汀に遊ふ
小児等歓ひてその干潟にゆき砂を穿ちて貝をひろふたま〳〵引残たる潮の中に|鯒鰈(こちかれい)
なと躍りてあれハ是をとらんと若者等ミなこの干潟におりたちつゝ魚を捕て余念なし
然るに一老人こゝに来りミなとく〳〵山に登れよさなくハ命を失ハんと聲を限りに呼ケれは
その故ハ知らされと老人の呼まに〳〵皆打つれて山へ登りいかなれハかくあハたゝしく我〻を呼
しと問ふに老人答てされハとよ己若き時此岸の潮大に干たる事あり思ふに今日のさまニ
似たり常に稀なる事なれハ皆歓て干潟に出貝を拾ひ魚を捕大に興を催しける時
潮俄に逆巻来り干潟にありし者一人として一命の全きのみかその|骸(むくろ)さへ遺セし者なし
これ所謂津浪也此津浪来んとする時潮十分沖へ引その来る時ハ極烈にてこれをさくるに
いとまなし危し〳〵と申ケるかその詞もまた終らぬに沖の方真黒に成幾十丈とも量りかたく
山のことき潮逆巻迸りて岸をひたしその名残数町を越へ山の裾を撃する音天地
に響きて怖しなといふ詞もなかりケり是を見て若者は大に駭き恐れもしこの老人
なかりセはミな海底の水屑とならんを助けられしぞ忝きと老人をふし拝成りと或人の語
にき云云
見聞録
一凡地震する時にあたり或ハ東より震来るといひ又西より来るといふ南北もまたしかり
されハ其起る処何方ならんと思ひはかるに雷のことく山より発して里を轟す物にハあらす
云云その震する所本ありて夫より四方へ響かせ行その微働の所を末とす云云思ふ二今般の
江都の地震は江都を心となすかことくその中にても浅草より本所深川を心となし
山の手の方市谷牛込大窪の辺を端とす