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にてものごとなして。
して。其外にて。其外にて。其外にて。其身を
して。ことなり。其外にて。其外にて。
八四
米七十二文出し須を開ひ土産とす。このなめ、事あらず、さす試なめ料尸母粉貮文。志
村といふ所に出づ。
たばこの火からんと。余行人に追付て物かたればきは無惨といふ所にて肩もうす。
く身すし通り面良く亡無くかたに包みを釣たるものゝふなり、身のたは子にひ
としく大きやかなる男神世の妾をむねくし平田爲胤ぬしの学び子とありて其窓
に在しとぞ。落の再ひかに見て我神の世の事をすくはしき違なんをすてこ。から
国のねにけたる魚を学など心得ぬよし、抑此おのこは篠林侯の家臣なりしが故
ありて任をいたし。食出病とよびて、江戸部県の長田まるといふ所になとせばかも住
し形否のまかならぬとて上州太田といへるがたにしる人ありて其は館様にさき
へやりておのれひともちきの方にいたれるなり、大雨に住めるこゝろなるてよりてよめ
るとて、
志良登保布字爾比多山のもる山の山守りとしも
我やなりにき
余後宗岩本開生田氏連生興病院條在格帽絵林修復設使設救護剛殿方正頗有_一
あることして。其外にて。其身にして。
人皇二子万年護寿診_定急国診察然診察務使其言以後上救其上救遊父亦敢設
官軽岩本氏母海湾経給押山遷作左衛門子遠庭以彩人樂料扶桑希達
二日、因知始末
萬六、上州吉井村寺尾大炊介蔵介幾重吉県、近土人郷地中石、中納三十二這町一宿
維リンドラ機織又刀一目、長三尺二寸、葢其、益、テ及発至長一上之後、排班痂発
十襲、下村保護、
五日未右自在国半後世失其興仲焉儕吾妻之長之社経之五年日爲朝正信経務為
十三艘一宇一各如今仮字式部則出見大般大蔵修復備後守護院守護院護神社
設躬敢伝焉本溪法除寺所伝兌本堂東京新列神宇、越後表神社上宮太子所
納神字訓話本云。
此根岸白旗
臓
澤山表をし。此邊有阪やき米をもて名あり。
序一里半
浦恐寝翳の常に月よみの社あり額に明神社とかける事を用を山寺といふ。養君院
○潴湯といふ庵あり、御朱印地といふもの七石
針谷村落
大宮八幡のやしろ
一〇
見ゆ、武州
合大沼
一の為神は水川大崩神社のはやし道をつゝみて。天もわかたぬほど梁うしけるが
撮影草山全集