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翻刻
といへるにあらず。其外にて。これして。ことなり。
一〇二
二夫岩打ちそろひていとめでたる姿なり。千ゆくりなく再ひしかばいとおどろ
きて熟解す、ふるきりて山王門外にうづくなり酸をなす。それは慈兵衛の善麗なり。
十七日晴
八本橋元泰を訪ふ、本君宣長の歌を見え出て下部の歌と文とを見る、いとよし。守
部は今井戸浅草観音の社の後花に住み職学をもて多くのもしへずあるとぞ。ど。む
かし武州本手宿の人にて名を延庁巴と称し、相生足利の人多此門人なり、元爺も
また此をしへをしへをしへをうくるとなり。
田村金兵術を聞人くは此体なるもの岩本の母が弟の案に接せしに案おとろへ考へ夫
死して赦ざとなれば此にかへる事習ふ事をもて多く心をしへ子あり。本此意は
納宜前なるが、其病のかる時発なりけるをともて、気は不体どの家かりて、其
に此なりわひをなすなり。此はらからからの母魂なるはいとすにやかなる病
にて、半守は八十餘七十八歳のとしでものかく事も程ならざるけるはがさでこゝ
為におも、佇れ眼ありて手をしらず口ありて助情言事あたはず今より字をま
なびたらんには此世はいかにせん、せめて斧の世の便にもなるなんやとおのが子
しかあなれば。そのことなり
なるお橋に伝ひしがばあらはしらぬ事ながら後の世はさて軽き此世の為にも立
ぬらんとて。やがていろはいふといふ所をかきてあがへしかは妾は芋をつみ去ぬ
は彼高瘡をかゝけ下刻にしごとし六七年はかりもかくありしかば今物漁事も字も半
かく事も心のまゝにをありける。されど今に被考ふ事は。慶倖甚三つ頃までもい
数方とを。又ラばに一奇非あり、今年業の事なりけん。重病一本効していと大きや
かなるをしらざりけるが、物喰ふして見出し賊をはし、いとはづかしとてぬがんと
するをおしとめて今壹分ばかりにはなりし。
色あかくつやよし酉明らかに此器を不用変如くとしまがらず、神気甚しまりよし。
天王前定右衛門方より傳染たる、予のためにかこひて今日に及然よりいたして見
るに其大嘗尺四五寸余計被自四十目漸きたり、病異す、無意に腰発として従ふ、珠ふ、殊
一尾をつくす真に可記也。
茂兵衛絹を持し其母の冥を為さん事を乞ふ、聴ず。
謂山震併実焼落、又熱符等降を定とす凡相牛、惨数十人民場功を発す。上り上
一部はきらなり流近辺を開て来るの徴をしらず得る所る所の黄白も又おびたゞしと
一〇三
撮影撮影鑑山全集
一家数十一日にてもの事を以て御褒美幣を以て。其外にて。其外にて。其外にて。其後にて。
今日の御用意ニ得は御座候間敷候間敷候間敷候ニ御座候以上
なくしてもの事にりて。ことして。
一月にて御用意を以て御座候間御座候間敷候