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ありて。ことくして。これば。ことにして。
一第二十一日にて。其後にて。其上にて。其後にて。其後にて。其後にて。其後にて。其後にて。其後
一日にてもの事ありて。其外にて。其後にて。其後にて。
一四二
一〇於香山五十八番
於_二医青山五十人衙酒店
清水路小路之条画
小酌之余画之
天保辛卯九月二十日。梅梅庵高木多行柏岸本祷天第四半時発雑穀雑数三癸丑寅、
○胡粉朱砂後様一統訪古白雲主人長谷川氏、青山鍛冶建築二百二百三百一、
幾ほどもあらで帰らん旅なれど
しばしわかれに和しほりぬる
しばしわかれに補しぼりぬる
道元阪購_二煙管_レ銅錢七十文、
渋谷同暴川濱潮田、土器杉落花、東山中宇科門中。悉曰三十二十二千三十銭、又発宇
日溝口本自亦松多倒多三十縣歩役置看馬小北山崎焼送並算建費
在世
客と友と友と友とまた客に行菊見かな
両方へ鶏の別るゝ一葉かな
右一池亭主升屋喜兵衛也
秋の蝶入日をあとに後の月
おくして。これして。ことなり
同半原村孫兵衛
此の毒色もかはらぬ壮理徴
秋の暮色もかはらぬ辻地蔵
往臣井原喜兵衛といふ方にやどる。主人頗るはいかいを好む名を一統号を規に現と
よぶ。
此地宜有此段下にて出多く出少し。彦軒上寺仮代官吏問忠左衛門とより
し、村は千三百石戸数一、自どのやどもに夜に入り倒れり。ざしきは與のかたに
ふた難ありて漸にもうける家なり。我が裕かたは殊にきよく心やすし既にくざ
めする人あり。いかにくとへばこれも旅人にて。我よか先に依りて腰のもとにう
づぐまりたる新相州今泉といふ所のものにて地頭大路一十郎どの用ありて注
戸へ出るなり。今ひとも人来るは相撲の山おくによめるも無病となむふむくつけ
き男なり、こは秋の雫より訴と見れどを争へ、出す菜とするものなり。既は手寧ノ
て鳥山侯の支封なりとず。主人酒を買ひ肴をもふは壽世を乞ふ。酔ひに非に案に無
のもとに欺す故を控ふ、又半風の孫兵衛今泉の俗右衛門酒等を窺ひ鬱業をもと
む又払ふ。梅庵久誤を作る、かくするも、篠築佳祷の発句とかふを作りて降りて謝す。
今泉佐右衛門へおくる。雀田のやどりにて此人に逢ふこ
一四三
発行事全
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