翻刻
【右丁】
して本(もと)より佐久良(さくら)にあらざる事をしらず
桜名(あふめい)日本 私(わたくし)に名付(なづく)る所(ところ)にして中華(ちうくは)の
桜にあらざる也 世人(せじん)日本にいへる所(ところ)の桜は
諸越(もろこし)にある事(こと)分明(ふんめう)ならずといへども左(さ)に
あらず全(まつたく)有事(あること)明(あきらか)也 携(すい)李仲遵(りちうじゆん)王路(わうろ)が
花史(くはしに)曰 沈立海棠記(ちんりうがいどうのき)に江-浙 ̄ノ間又有一-種
柔-枝長-蒂顔-色浅-紅垂 ̄レテ_レ英 ̄ヲ向 ̄フ_レ 下 ̄ニ謂 ̄フ_二之 ̄ヲ
【左丁】
垂-糸海棠 ̄ト_一又 祝穆(しゆくぼく)が事文類聚(じもんるいじゆ)に
垂糸海棠 梅聖喩
要 ̄ス_二使_レ呉 ̄ヲ同_レ蜀 ̄ニ須 ̄ク_レ看 ̄ル線-海棠 ̄ヲ臙-脂色
欲 ̄ス_レ滴 ̄ント紫-蝋蒂何 ̄ソ長夜-雨偏 ̄ク宜_レ著春
風一 任(アレ)狂 ̄スルヿ当-時杜子美吟徧 ̄シテ独 ̄リ相
忘 ̄レ
現代語訳
【右丁】
して本来桜(さくら)ではないことを知らない。桜名は日本が独自に名付けたものであって、中国の桜ではない。世人は「日本で言う桜は中国にあるかどうか明らかではない」と言うが、そうではない。完全に存在することは明らかである。李仲遵・王路の『花史』に曰く、沈立の『海棠記』に「江浙の間にまた一種あり、枝は柔らかく蒂は長く、顔色は浅紅で、花を垂れて下に向かう。これを
【左丁】
垂糸海棠という」とある。また祝穆の『事文類聚』に
垂糸海棠 梅聖喩
呉と蜀を同じくするには、必ず線海棠を見るべきである。臙脂色で滴らんと欲し、紫蝋の蒂は何と長いことか。夜雨は偏に春風に宜しく、一任して狂わせる。当時杜子美は吟じ尽くしたが、独り相い忘れた