翻刻
○安全寺(あんぜんじ)の寺跡(じせき)は浴室(よくしつ)より東南に方(あた)りて五丁
程(ほど)あり康正(かうせう)年中|泉源(せんげん)久(ひさ)しく埋(うつま)りて亡(なか)りしが天(てん)
正(しやう)年中(ねんちう)に有(あ)りて該寺(がいじ)の住僧(ぢうそう)仏陀(ぶっだ)の霊夢(れいむ)により
再(ふたゝ)び湧(わ)き出来(いてき)しより今(いま)に盛(さか)んなり然(しか)れとも寺(てら)
は絶(たい)へて口碑(こうひ)に伝(つた)ふる所(ところ)の寺跡(じせき)なり
○不動滝(ふとうたき)は浴室(よくしつ)より北に方りて三丁程あり左(さ)
右(いう)嶮(けわ)しき巖山(いわやま)の間(あいだ)より噴(は)き澆(そゝ)きて落(おつ)る滝(たき)の高
さ百尺にして水霧(みづきり)濛々(もう〳〵)然(ぜん)たる滝中(たきなか)に立(たゝ)せ玉(たま)ふ
八瀧(やたき)不動明王(ふどうめうわう)なり
○龍(りやう)の剣彫石(けんほりせき)は浴室より北に方りて六丁程あ
り愛宕堂(あたごとう)を僅(わつか)に一丁程|過(す)ぎ行(ゆ)きて左りの方に
湯川(ゆかわ)と云ふ急流(きうりう)なる水際(みつきわ)の竪岩(たていわ)に円穴(えんけつ)経(さしわたし)壱尺
以上一尺七八寸|深(ふか)さ一尺七八寸|乃至(ないし)二尺五寸
穴内(あなのうち)に楕線状(だせんぢやう)滑(なめら)らかにして恰(あたか)も鏡(かゞみ)の面(をもて)の如(ごと)し
実(じつ)に奇異(きゐ)なる者六ッ七ッ並(なら)んてあり龍(りやう)の天上(てんじやう)
する時(とき)尾剣(びけん)にて穿(うが)ちたる者ならんか故(かくがゆへ)に昔(むかし)よ
り龍(りやう)の剣彫石(けんほりせき)とは称(とな)へたり
○雪入道(ゆきにうたう)は浴室より西(にし)北に方りて不忘山(ふぼうさん)なり
積雪(せきせつ)漸(やうや)く四月|頃(ころ)消(き)ゆるに従(したが)ひ入道|坊(ぼう)杖(つえ)を突(つき)た
る形(かた)ち顕(あらは)れ見(み)へるなり遥(はるか)に一目(いつもく)を慰(なぐさ)むのみ