翻刻
当(あて)べきやとやせんかくやせんと思(おも)ふうち冥火(めうくわ)こゝにもえ
移(うつ)れバ我(われ)ハ此所(こゝ)にて死(し)すべき因(いん)ぞ汝(なんぢ)ハ早(はや)く逃(のが)れよかし
はや疾〻(とく〳〵)と励(はげま)すも烟(けむり)にむせぶ阿鼻焦熱(あびしやうねつ)せん方なしに
父(ちゝ)をすて母(はゝ)を助て逃(のかれ)けれど親(おや)を火(くわ)中に置心(おくこゝろ)おも
ひやられて是非(ぜひ)もなし或(あるひ)ハ主従(しう〴〵)五七人|下男(げなん)一人ハ逃(のかれ)
たれど主人(しゆじん)を助(たすく)る手術(てだて)もなく火中(くわちう)に残(のこ)し空(むな)しく
なりおめ〳〵|国(くに)へ帰(かへ)りてさすがに無面目(おもな)かるべし夫(それ)か中(なか)にも
なま若(わか)き婦人(ふじん)の寝巻(ねまき)のまゝに幸(さいはひ)にしてのがれてハ
出(いで)つれど親(おや)も夫(おつと)もいかゞなりしや貯(たくハ)へとても知(しれ)ざれバ
此騒動(このそうとう)の国(くに)へ聞(きこえ)て迎(むか)ひの人(ひと)にあふ迄(まで)の其心労(そのしんろう)ぞ
おもひやる此外旅人(このほかりよじん)の道(みち)を失(うしな)ひ火中(くはちう)に誤(あやま)り入(い)り
井水(ゐど)に落入土地(はまりたいぢ)の裂(さけ)たるに足(あし)をハくじきあるひハ
腕折首(うてをりかしら)損(そん)じ思(おもは)ずも他(た)の子(こ)をたすけ我子(わかこ)を失(うし)
なひ其種〻(そのくさ〳〵)ハ語(かた)るも尽(つき)ずかゝる異変(いへん)の折(をり)からなれば