翻刻
黒門前まで焼失(せうしつ)なす尚又嶋の原ゟ大河原まで
螺(ほら)のために泥海のことくなり其 混雑(こんさつ)筆紙につくしかたし
○勢州四日市十四日夜四ツ時ゟ震ひはじめ翌(よく)朝六ツ時大震ひ家
数凡三百軒斗ゆり崩し又五ツ時ゟ出火し四百軒斗焼失す死人
凡百四五十人しれざる人二百余人都て此近辺大あれ也推(おし)てしるべし
○江州同刻七ツ時大震ひ大津三井寺下ゟ尾花川
辺迄凡百軒斗家崩る膳所御城そんじ石場
燈籠湖水(とうろうこすい)に落(おち)入|信楽(しからき)大そんじ死人怪我人有
草津石部水口土山辺は格別(かくべつ)にはあらずしかし
京大坂よりはひどし
嘉永七年寅六月十四日
大|地震四方(ぢしんよも)の噂(うはさ)《割書:京大坂堺河内紀伊播州丹波丹後少〻の|不同有共同時同様也》
○越前福井六月十三日朝五ツ時かぢや町ゟ出火し城下
不残焼失(のこらすせうしつ)其朝大風にて九十九橋(つくもはし)より二百丁ばかり
寺院百カ所斗両本願寺共焼失其近在十ケ所
程(ほど)焼失す夜四ツ時火鎮(しづま)り申候よし
又十四日夜丑八ツ時ゟ大地震にて田地泥海(てんちどろうみ)となり?
所〻家崩れ死人怪我(けが)人数多にて其|混乱筆紙(こんらんひつし)