翻刻
尤|出来(でき)のよろしからぬ瑕(きづ)なとあるを隠(かく)
すために手細工(てさひく)のほり物をしておく
其上にその彫物がよごれまたは仄(はげ)る
事の勘考(かんがへ)もなしにかやうなる彫物の
ある時計を好(この)むものゆえそれは決(けつ)して
買(か)ふまじきものといふ事を意見(いけん)す
前条(まへのくたり)に説(と)きあかす如き人に沢山(たくさん)なる金
を総(すべ)ての買手(かひて)がいつでも費(つい)やす事を
ほつせぬかあるひはいつでも払(はら)ふ事が
出来ぬかといふ事を人はよくこゝろ得(え)
て居るそれゆえ「アンクル」にて悪(わる)き時計
をやすき直段(ねだん)にて買(か)ふといへる事を
やめにせよと心附(こゝろつけ)る然(しか)するよりも「シリン
ドル」にていつでも運動のよく連続(れんぞく)する
時計を同し直段にて買ふへしさすれ
は金を出したる価(ね)だけの事は眼(め)の前(まへ)
にありて其時計の運動(うんとう)はいつにてもよ
く連続して違(ちが)はぬ
人が六|円(えん)より八円五拾銭にて売たる「アン
クル」の時計は覚束(おぼつか)なき物とおもひなす