翻刻
土釜町通りより切通しに掛ける増上寺裏門前を過て新橋
通りの柴井町へ出しに此町ハ惣潰れの上兩頬共皆焼たり
其つゝき宇田川町ハ焼され共家並倒れミちんにくたけし
故死傷人多しと語れり夫より南高輪の方へは行されハ
知らす源助町より北京橋際迄ハ潰れし家はなけれと家並
ぬりこめの家多けれハ破損ハ多くミへたり京橋を渡り
て北の方南傳馬町をはしめ西河岸東河岸迄おしなへて
焼たり夫を過て日本橋の方ハやゝ破損家少て見ゆれと
今川橋辺ハ又潰れし処多しと云鎌倉河岸辺も皆家の
大破損なり常盤橋神田橋一ッ橋御堀の石垣も過半崩れし
さま也御門〳〵の渡り櫓も皆損し石垣も所々ゆり出たり
雉子橋御門はやゝかたふきて危くみゆ又清水田安両御
高台の御茶屋ハ全く潰れて矢来迄も倒したり
十三日深川本所辺を巡見せはやとてまつ番町通九段坂
を下り雉子橋御門を入りしに大番所ハ皆潰れたり御用
屋敷の御長屋も所々崩しさま也又竹橋御門脇の御鉄炮
蔵ハ残らす倒れてまた中に入有し箱抔其まゝあらは
に見へたるいといふかし夫ゟ御舂屋前通り大手前二かゝり
しに姫路矦およひ森川羽州屋敷ハ灰燼となり御畳蔵は
倒れたり猶八代洲河岸御堀端を日比谷の方へゆくに岡