翻刻
山矦を始として家並惣潰れとなりていまた仮の囲にて
潰れ家とも其儘なるか見すきてあけましく大国主の君
すらかくのことくなれハその餘の有さまおして思ふへし
又因州矦植村但州火消屋敷ハ焼たり大低大名小路西側
は惣潰れにて東の方も右二準して大破なりき数寄屋
橋内も大破にて大番所ハ潰れたり御門を出てハわつかの
事なから格別大破損なく見ゆ夫より尾張町を横きり
て築地霊岸嶋辺を巡見するに諸大名の蔵屋敷ハ多く破
損し中にハ長屋抔の潰れしも有り又湊町辺ハ町屋の潰
れしも少なからすよりておもふに昔し海浜成し地を築立
し所ハおのつから地震のゆり強きことくなり猶永代橋を
渡り深川に至れハ地震いよつよきさまなりそのうち佐賀
町熊井町小川町黒江町八幡町迄の左右ハ惣潰れのうへ所々よ
り出火し皆焼と成しゆへ土蔵も大てひ残なく焼失し
て見もいと哀なり亦たま〳〵火災をのかれしも多くハ潰れ
て住居なるへきハいとまれ也けれと八幡本社ハ無難なり
又境内の末社並に人家ハ大破なれと潰れたるハ見へす
たゝ石鳥居石燈籠の類のミ倒れ損したり三十三間堂
ハ倒れぬ斗りの大破にて此辺の町並も過半潰れたり堂の東
手川にそひて大和町平野町に出東へ折て吉永町亀久町を