翻刻
てハ松平筑後守《割書:北原町三ッ目橋通り下|屋敷に住し半潰れ也》三嶋芳五郎《割書:石原に住居|半潰なり》
池田新之助《割書:北本所亀沢町通り津軽|新屋敷向に住惣潰なり》森川平安《割書:亀沢町に住|し半潰也》竹本
欽十郎《割書:深川六間堀に|半潰也》酒井八三郎《割書:緑町二丁目|住半潰也》又由緒のものには正
木伊三郎《割書:本所南割下水住し|潰れの上類焼》村上弥一郎《割書:菊川町に住し|惣潰れなり》又児政容
か相番二は芥川善之丞《割書:本所南割下水に住居惣潰れ|の上実ハ即死の由きけり》布施孫兵衛
《割書:猿江小名木川|通住半潰れ》新庄茂之助《割書:三笠町|壱丁目》松田八左衛門《割書:三ッ目|通り》浅井新太郎
《割書:北本所二三之はしの間|以上半潰なり》児正経か相番二は糟屋久三郎《割書:緑町三丁目半潰大|怪我したりといふ》
和田勝太郎《割書:松井町半潰れ是|も大怪我せしと云》大久保次郎右衛門《割書:回向院の北手半潰|母堂横死せしと云》守田
九兵衛《割書:深川大工町半潰奥方|大怪我したりと云》等也正しく聞及ふもの斯多けれハ
本所深川住居のものゝ無難なるハいと稀なるべし扨己れ
か養家ハ本所緑町二丁目なりしか文政七年姪聟酒井太郎七
《割書:今酒井八三郎ㇳ云太郎七|様の聟養子也》と屋敷相対替して湯嶋天神転宅し
其後天保七年再ひ大久保台町《割書:今児小林正経か|住居せる処なり》へ移り弘化三年
更に今の地へ転宅したり然るに此地高台の丘上にして夏
向やゝもすれば堀井の水のくみ尽して事うきぬれるハ
気早なる所為にハあれと此後再ひ水地に住居せま同し
く且己元来牛込船河原出生の故郷なれは《割書:揚場町裏通り今松|平小豊司の屋敷なり》
《割書:兄三嶋幡右衛門代に|屋敷替たり》その辺にて好もしけれとおもふものから既に
龍慶橋辺抔あれかれ心うけしかどたま〳〵よき相手もな
けれハ其儘止之たり然るにこたひの地震に彼辺殊にゆる