翻刻
早(はや)事(こと)がむつかしく相成(あひなり)申候。私(わたくし)はやはりかなにて
かんにんの四字(よじ)が有(あり)がたしと申ければ。儒者(じゆしや)腹(はら)を
立(たて)ていわく。汝(なんぢ)いうに文盲(もんもう)なりとて。何(なに)の書(しよ)もつ
にも。かんにんの四字(よじ)といふ事のあるべきや。かんにんは
二字(にじ)なるぞ。二字(にじ)といふべしと。ねめつけていひければ。
親父(おやち)頭(かしら)をふりて。やはり私(わたくし)は四字(よじ)になされて御置下(おんおきくだ)
さるべしといふ。儒者(じゆしや)いよ〳〵腹(はら)をたてて。此(この)学者(がくしや)のいふ
事(こと)に。何条(なんじやう)相違(そうい)あるべきぞかんにんんの二字(にじ)と。今(いま)より
あらためいふべしといふ。親父(おやぢ)のいわく。扨(さて)〳〵こまりし
事(こと)かな。いかやうに御仰(おんおほ)せ下(くだ)され候とも。我(われ)はかんにんの
四字(よじ)こそ覚(おぼ)へよくて。有(あり)がたし。いよ〳〵此(この)四字(よじ)を
まもりて。何事(なにごと)も安楽(あんらく)にくらすべしと申ければ。かの
儒者(じゆしや)。今(いま)はこらゑかね。憎(にく)き親父(おやぢ)め。まだかんにんの
四字(よじ)といふかとて。にぎりこぶしにて。くらはしければ。
親父(おやぢ)笑(わらふ)ていわく。是迄(これまで)なれば。黙(だまつ)ておかねども。有(あり)
難(がた)き事(こと)はかんにんの四字(よし)を守(まも)る故(ゆへ)にはらたち申