翻刻
さず候て心(こゝろ)安(やす)し。扨々(さて〳〵)有難(ありがた)き学問(かくもん)の。かんにんの
四字(よじ)かなと申ければ。儒者(じゆしや)いよ〳〵いかり。たゝかれても
まだ〳〵四字(よじ)と申かとて。さん〴〵にたゝきければ。
親父(おやぢ)顔(かほ)をあげて申けるは。私(わたくし)は文盲(もんもう)にて。かんにんが
二字(にじ)やら。四字(よじ)やら。しらねども。かんにんの四字(よじ)をまも
りて。たゝかれても。こらへて居(い)れば。よくかんにんの意(い)
味(み)を知(し)りし。学者(がくしや)にあらずや。又(また)其(その)元(もと)はたへしのぶの
何(なん)の角(か)のと。かんにんの字義(じぎ)は知(し)つて居(い)らるれども
纔(わづか)のことにはらを立(たて)て。打(うち)てうちやくし
めさるは。かんにんのかの字(じ)もわからぬ。不学者(ふがくしや)には
あらずやといはれて。彼(かの)儒者(じゆしや)。恥入(はぢいり)て。赤面(せきめん)せしとかや。汝(なんぢ)にかぎらず世間(せけん)の学者(がくしや)。多(おほ)くは此(この)儒者(じゆしや)
のごとくにて。聖賢(せいけん)の書(しよ)は。あまねく見るとても。
意味(いみ)を見(み)る。眼(まなこ)があらねば。父母(ふぼ)に生付(うみつけ)てもらひし
明徳(めいとく)に。かへつて疵(きづ)を付(つけ)るなり。汝(なんぢ)も我(わが)たゝきし
あたまのきづを。憤(いきどを)らずと。あたまより貴(たつと)き