翻刻
鳴(なき)わたる哉(かな)同(おな)じく大貮(だいに)の三位(さんみ)が返(かへ)しに「時鳥(ほとゝぎす)こゝ
ゐの森(もり)に鳴(な)く声(こへ)は聞(きく)よそ人(ひと)の袖(そで)もぬれけり」枎木(ふぼく)
集(しう)に恵慶(ゑけい)法師(はうし)の「人(ひと)の親(おや)のおもふ心(こゝろ)やいかならんこ
こゐの森(もり)の秋(あき)の夕暮(ゆふぐれ)」等(とう)なり社前(しゃぜん)の石階(いしだん)を下(くだ)ること
数(す)百|級(きう)にして海岸(かいがん)に出(いづ)れは温泉(おんせん)あり則(すなは)ち走湯(はしりゆ)なり
又(また)古歌(こか)多(おほ)し江島屋(えじまや)相模屋(さがみや)等(とう)の湯戸(ゆこ)三四|軒(けん)みな浴室(よくしつ)
に温泉(おんせん)の小瀑(こだき)を設(もふ)く清爽(せいそう)浴(よく)すべし此地(このち)熱海村(あたみむら)を去(さ)
る東北(とうほく)十八|町(てう)即(すなは)ち小田原(をだはら)駅(ゑき)の街道(かいだう)にあたる
○網代(あじろ)港(みなと) 熱海村(あたみむら)の南(みなみ)海路(かいち)二|里(り)また多賀村(たがむら)を経(へ)て
陸行(りくこう)すべし則(すなは)ち下田(しもだ)港(みなと)に至(いた)るの街道(かいだう)なり然(しか)れども
遊覧(ゆうらん)の客(かく)は舟行(しうこう)を宜(よ)しとす舟路(ふなぢ)は則(すなは)ち錦浦(にしきうら)を囘(めぐ)り
曽我浜(そがはま)を経(へ)て港(みなと)に達(たつ)す港(みなと)民戸(みんこ)四百|余(よ)船舶(せんはく)多(おほ)く繁(かゝ)る
東南(とうなん)山(やま)を越(こへ)て根越(ねごえ)の観音堂(くわんおんだう)に至(いた)る曹洞宗(そうとうしう)長谷寺(てうこくじ)と
称(せう)す門前(もんぜん)の観望(くわんぼう)また極(きわ)めて奇絶(きぜつ)なり本尊(ほんぞん)《割書:大和豊山|の本尊と》
《割書:同木同作な|りといふ》もと山下(やまのした)の巌窟(いわや)にあり時々(をり〳〵)暴潮(なみ)の為(ため)に
漂(たゞよ)はさる僧(そう)実参(じつさん)之(これ)を憂(うれ)ひ此寺(このてら)を創建(そうけん)して此(こゝ)に遷(うつ)せ
りと云ふ
○初島(はつしま) 熱海(あたみ)を去(さ)る海路(かいろ)三里(さんり)東西(とうざい)七八|町(てう)南北(なんぼく)四五
町(てう)の一|孤島(こたう)にして鎌倉(かまくら)の右大臣(うだいじん)か「箱根路(はこねぢ)を我(われ)越(こえ)く
れば伊豆(いづ)の海(うみ)や沖(おき)の小島(こじま)に浪(なみ)のよる見(み)ゆ」と詠(ゑい)ぜ