翻刻
「右帳」
何方にても唐船に仕寄候はは大筒随分稠敷
打かけ唐船打破焼打に可致候間直右衛門者
御筒役主殿は御船手を今へ番畳可仰談候扨大
筒達者に打候若手を今少増候手者いかか可有
之候哉との評儀に付文右衛門ゟ存寄?付候へとの
事故?出し林五太夫若松治平小方彦七草
葉卯之助此四人可然とて直右衛門ゟ早々福岡
同薬衆へ申遣御窺迄(一字消す)有て御無足頭ゟ右四人に申
付
有之同廿四日に罷越候様にと被仰付有之候を扨
弥二兵衛兼而焼草入(一字消す)の用意進?候に申付有
「左帳」
何方に而も唐船え鉄砲打かけ候大音聞候はは早々や
き草つ之漂来候得と申付有之候き
一 乱て許儀まちまちの所に小嶋五右衛門萩原佐太夫舫
ゟ若松へ申越候は大嶋地嶋沖に唐船一艘今漂来
旨致注進けれは弥二郎衛門善右衛門大きに悦弥先芦
屋へ可引取と相渡し支度各舟にのり組といへと十九
日終日雨ふり廿日も終日雷雨(一字消す)多(まま)稠敷
してむなしく各又
若松の旅宿にあかり雨の晴間を待居たり廿一日
?(午)の刻頃漸雨止?(一字消す)いつれも乗り舟に乗移(移)未の刻
頃川内通り来り芦屋へ着各先旅宿に落着夫