翻刻
「右帳」
にたとひ印形所持す共乗り寄違此折へ漂来
は場所不買間買敷湊へ漕込長崎?(一字消す)(朱字 へ)送り可遣と
いいけれは唐人共口々に塩直り次第出船可致湊江
漂込事はいやいやといふ是等之趣日本江通すん事
いつれの唐船にも日本人乗り居ると相聞え扨其侭
にも難置浦舟四五艘番船につけ置五左衛門佐
太夫弥六は藍嶋へ夜半過漂込む此唐船本帆は木
綿弥帆は細代帆船の
長さ弐拾間余と見える
船の横(よこ五六間)に文字十二並て書
「左帳」
江南松江府上海県商船傪伍ト一字つつ絵たして
書並ふ
一 其後唐船大嶋勝嶋間(あいた)の沖へ致揚帆人之漂泊に付
浦々ゟ集置候舟数?召れ五左衛門佐太夫唐船
江乗寄此所を出帆致すやらにと申聞候得共とも
唐人共合点不致に付其近辺へ乗舟を寄せ相
守る尤芦屋喜多村弥次兵衛かたへ申遣候弥次兵衛
直右衛門江同今朝より晴天にも成候へ者い?や先
地嶋へ渡り同所に而唐船のかかり所をも窺て然
と廿二日は地嶋渡海に許儀一決松本主殿同左候