翻刻
「右帳」
波高く浮沈惣波をしのき惣船はなはな?地嶋着
て漂行扨松本主殿は唐船懸り所とくと???しらへ
へ(一字消す)て見とて今昼まて緊居る勝嶋辺?(一字消す)へ漕廻り(一字消す)見
分して地嶋へは可参と云て前(さき)に漕ぬけ方々漕廻り
見分す惣船は兎や角絶起風波をしのき亥の下刻
頃地嶋江着船定番萩原佐太夫所へ揚り弥次
兵衛直右衛門御筒役何も打寄唐船漂流之
様子聞合す左太夫云う此間追追注進仕候通候唐
船今は迄出帆不致今朝より勝嶋前にかかり居候
故此方御領藍嶋より浦船数艘???????(七文字消す)
出追払之躰に相
「左帳」
見へ申候其後大嶋下之はなに緊居候然處
今昼頃日向商船此沖通船致し候を唐船
より沖南可致うち(一字消す)「朱字 由」にて振懸候之
跡より追懸候
に付不慮(りよ)に地嶋へ漂込申候内(一字消す)「朱字 由」日向之者物語仕
候唐船は最前之所江緊居候間何卒御手に
罷入候へかしと申扨此間小嶋五左衛門と私度々唐
船江乗り寄せ長埼入津之船に候はは先之湊
江漂寄候へ城下江申達役(やく)人罷出長崎へ漕
送り可申由申候處塩悪敷暫時此辺江緊
居迄聊城下へ通達之心遣に不及内云唐船