翻刻
「右帳」
船より二放うち懸る津津ゐて平野宅人の舟より二
放打三番舟より段々に船ならひの通りに無
透間もうちかかる唐人とも火音に驚き矢
倉上棚へあかり頭を下け頭を?躰也余多の
唐人追々上棚江出けれは猶も大筒無透間も
打掛る唐人矢庭にあまた打倒されなき然
躰に見へる段々鉄砲稠敷放かけしかは唐人皆々
船底(そこ)に逃入夜前と違寅の刻頃より次第次第に
海上波静に成しかは是偏に宗像三神織幡
大神の神意也各云あへり弥風波少もなく
「左帳」
唐船うこかされは猶更各勇進して目当にのせて
打立つ大筒の打方は此夜地の嶋に而舟合せし通
に七艘の大筒舟廻り打「舟を漕廻輪乗りのことく
に大きにこきめくりて打たる事也」に拾四挺の大筒無
透間打掛る上廻りに出る唐人七八人矢庭に打刈
す就中林文右衛門茨木三太夫平野宅助等は上廻り
に出るを矢付す跡備の舟よりも皆々是を見る透間
もなく打懸る鉄砲なれは舟の内に打殺す唐人
大勢うたれ死す何?何?矢付と云?(一字消す)事も難知し
今中仁左衛門平山久兵衛其外矢を打懸る