琉球・沖縄の世界を翻刻する

コレクション: 琉球大学所蔵 琉球・沖縄関係資料 vol. 1

琉球談 - 翻刻

琉球談 - ページ 36

ページ: 36

翻刻

子とは夢にも知ず。■しほらしき小冠者(こくわしや)かな是 へ参て酌(しやく)をいたせと。膝元へ招(まね)きよせ。兄弟が容皃(やうほう) の麗(うる)はしきに心乱れ。数献(すこん)の酒を傾(かたむ)けしが。 酔興のあまり。着せし所の衣を脱。兄弟に分ち 与へ。猶も足(たら)ずや思ひけん。佩(はひ)たる所の釼を鶴に あたふ。鶴今は能図(よきつ)なりと。弟に目くばせし。其釼 を抜手 見せず。つと寄て阿公に組付。われ〳〵 を誰とか思ふ。汝が讒言に依て自殺なしたる。 毛国鼎が二人の子なり。恨おもひ知れと。柄 も通れ。拳(こふし)も通れと刺通(さしとう)され。あつといふて 立上るを。返す刀に首打落せば。酔潰(ゑひつぶ)れたる 従者ども。此躰を見て肝を消【潰?】し。上を下へと 狼狽す。二人の童子は透問もなく。四方八面を切 て廻り。悉く切殺し。本望を遂たるを一齣(ひとくさり)とす。 又鐘魔といふ狂言あり。是は謡曲(うたひ)のどう道成寺に 似たり。中城(なかくすく)の姑場村(こしやうそん)といふ所の農家(ひやくせう)に陶(たう)姓(??) なる者あり。一子を松寿と名付く。齢(よわひ)まさに 十五歳。誠に端麗(たんれい)の美少年なり此国の都。 首里(すり)に師ありて。常に往通ひて業(きやう)を受けり。 一日(あるひ)浦添(うらそへ)の山径(やまみち)に懸りける時。日暮に及ひて路