翻刻
を失ひ。 まかうさまに踏迷(ふみまよ)ふ程に。次第に
昏黒(くらやみ)になりてあいろも分ず。小竹を折て杖
となし。其所(そこ)に此所(こゝ)にとたどりしが。ほのかに
火影の見えければ。松寿そゞろに嬉しくて。
火影を便りに路をとり。辛(から)うして其家に
至り。一ち夜の宿(やと)を求めける。此家の主は狩人(かりうと)
にて。一人の娘を持てり。山家には生立(おいたて)とも。天
性の嬌態(きやうたい)あやしきまてにあてやkやかなり。年わつ
うに十六歳。此夜父は猟に出。只一人留主居して
ありけるが。門に人のおとなひして。知ぬ山路に
さまよひたる者にて侍らふ.情に御宿たまはり
たしと.いふ跡声もかきくれたり.娘いたはしく
は思ひけれども.折ふし父のるす留主といひ.心一ッに
定めかねしが.まだいはけなき人といひ.殊さら談
したる人もなければ.さまでに父のとかめもあらじ
と.門の戸開きて庵にともなひ.彼是いたはり
もてなしが.松寿が姿のいつくしに心とき
めき.事に触(ふれ)て挑(いどみ)けれども.松寿もとより物堅(ものがた)
き生れにて.いさゝかも にけひかず.睡(ねむ)りもやらず
座し居たり.娘おもひにせまりてや.ひし〳〵と