翻刻
如く.訓点(くんてん)をほどこすとなり.此二條.上に言
落したる故爰に記す.
〇読谷山王子の和歌
林子平が三国通覧図説中の.琉球図説に.
明和元年来聘せし.読谷(よみたん)山(ざ)王子(わうじ)朝恒(ともつね)が.
《割書:日本の如く|名乗りなり》詠せし和哥を伝聞せりとて.わづかに
七首を載たり.予が父国訓法眼.明和のは
じめ.竹公主の御前(みまゑ)に侍りし時.読谷山
王子が.手づから書て.笑覧(みわらいぐさ)にそなへ奉りたる.
道行(みちゆき)ふりの和歌十四首を.御前に侍らひける
女房に.写させてたまはりたるを.こよなく秘
蔵せられしが.今はむなしき記念(かたみ)となりぬ.
原書のまゝを左に記して.宇留摩の国
人の.我国の風に.かくまてなひきたるを
しめすのみ.
扶桑の 大樹公御代かはらせ給ふにより
賀慶の使者として武蔵の国におも
むきけるに肥後の国松浦といふ所にいた
り九月十三夜の月を見て故郷の事
も思ひ出してよめる