翻刻
なる毒(どく)なりとも。疾(はや)くこれを一二合も用れば。
よくその毒(どく)を抱摂(ひつつゝむ)ことは。歒(てき)を縛(しばり)くゝりたる
がごとく。決(けつ)して害(がい)をなさしめず。故(ゆゑ)にこれをよく
記得(こゝろう)れば。己(おのれ)が身(み)の禍(わざはひ)をまぬがれ。人を救(すくふ)こと
もまたあるべきなり。近来(きんらい)和蘭毉学(おらんたいがく)世(よ)に
行(おこな)はれてより。未熟(みじゆく)の庸工(へたいしや)ともが。妄(みだり)に阿片(あへん)。
曼陀羅花(まんだらげ)葉(えふ)。蕃木鼈子(ばんもくべつし)などの麻剤(まざい)など
を誤(あやまり)用て。人を損(そこなふ)こともまた多し。それらの類(るい)
は。それ〳〵に毒(どく)を解(げ)する物はあれど。速(すみやか)に
油を用れば。死ぬるまでにはいたらぬなり。
世に甘草(かんざう)よく諸薬(しよやく)の毒(どく)を解(げ)すといへど。
毒(どく)の至(いたつ)て軽(かろ)きものにはさもあれど。劇(はげし)き
物には効(しるし)なし。また人乳(ちゝ)および無花果(いちゞくのみ)の生(しぼり)
汁(しる)よく一切の毒(どく)を解(げ)すといへば。軽物(かろきもの)には用
てよし▲頓死(とんし)は。前の卒(にはか)に死(しに)たる條(くだり)にてみ
るべしち【ちは白抜き文字】血(ち)を吐(はき)たるには。さま〴〵のわかちあ
り。吐(はき)たる血の色。黯黒(すゝぐろく)たちまち凝結(こりかたまり)て切(とりの)■(きも)【䘓ヵ】
の如(こと)くになるもの。これは胃府(ゐぶくろ)とて。飲食(たべもの)を
受納(うけいる)る嚢(ふくろ)より。上溢(あふれ)て出るものなれは。飯(めし)
粒(つぶ)または粘稠(ねばり)たる凝飲(りういんのかたまり)などを混(こん)じてある
ものなり。これは治(ぢ)しやすし。色赤(いろあか)くして。泡沫立(あはだち)
たる血(ち)は。肺蔵(はいざう)とて。気息(いき)の出入して。生命(いのち)を
保(たもつ)ところの嚢(ふくろ)の破(やぶれ)たるより出るものなれば。
少しといへども。治(ぢ)しやすからず。またこの
肺蔵(はいのざう)より出る吐血(とけつ)も肺蔵(はいのざう)の中に留潴(たまり)たる
ものが出るときには。凝結(こゝり)て黯紫色(すゝけいろ)になりて
出れば。疎脱(そりやく)にみては。胃府(ゐぶくろ)より出たるものか
とおもはるれど。これには線状(いとすぢ)の如(ごと)きものが
まじりてあれば。混(こん)ずるものにあらず。この
二道(ふたとほり)の吐血(とけつ)に。さま〴〵の起因(おこるもと)はあれど。胃府(ゐぶくろ)
より出たる吐血ならば。まづふたゝび嘔気(むかひけ)の
おこらぬやうにして。みだりに泥滞(なづみ)やすき
薬(くすり)はもちふべからす。羇旅(たびさき)などにて。用べ
き薬(くすり)もなくば。前のと【との右に長四角】の部(ところ)にいだせる吐(はき)
を止る土漿水(としやうすい)。竃心土水(さうしんどすい)などを用ひ。または
赤石脂(しやくせきし)の末などを熱湯(あつきゆ)にかきたてゝ。用ひ
などして。吐気おちつきたらば。三 黄湯(なうとう)な
どを用て下したるがよし。三黄湯は唐(から)の
現代語訳
どんな毒であっても、急いでこれ(油)を一、二合も用いれば、よくその毒を包み込むことは、敵を縛り上げたようなもので、決して害をなさせない。故にこれをよく記憶しておけば、自分の身の災いを免れ、人を救うこともあるだろう。近年、オランダ医学が世に行われるようになってから、未熟な下手な医者どもが、みだりにアヘン、曼陀羅花の葉、蕃木鼈子などの麻酔剤などを誤用して、人を害することもまた多い。それらの類は、それぞれに毒を解する薬はあるが、速やかに油を用いれば、死ぬまでには至らない。
世間では甘草がよく諸薬の毒を解すと言うが、毒の極めて軽いものにはそうであろうが、激しいものには効果がない。また人乳および無花果の生絞り汁がよく一切の毒を解すと言うが、軽いものには用いてよい。▲頓死は、前の急に死んだ条項で見るべきである。血を吐いたものには、様々な区別がある。吐いた血の色が暗黒色で、たちまち凝結して鶏の肝のようになるもの、これは胃袋という飲食物を受け入れる袋から溢れて出るものなので、飯
粒または粘り気のある凝った飲み物の塊などを混じえているものである。これは治しやすい。色が赤くして、泡立った血は、肺臓という気息が出入して生命を保つところの袋が破れたところから出るものなので、少しといえども、治しにくい。またこの肺臓から出る吐血も肺臓の中に溜まったものが出るときには、凝結して暗紫色になって出るので、おざなりに見ては、胃袋から出たものかと思われるが、これには糸筋のようなものが混じっているので、混同するものではない。この二通りの吐血に、様々な起因はあるが、胃袋から出た吐血ならば、まず再び嘔気が起こらないようにして、みだりに停滞しやすい薬は用いてはならない。旅先などで、用いるべき薬もなければ、前の項目に出した吐を止める土漿水、竃心土水などを用い、または赤石脂の末などを熱湯にかき立てて用い、などして吐き気が落ち着いたら、三黄湯などを用いて下すのがよい。三黄湯は唐の
英語訳
Whatever kind of poison it may be, if you quickly use one or two gō (合) of this [oil], it will well contain that poison like binding and tying up an enemy, absolutely preventing it from causing harm. Therefore, if you remember this well, you can avoid disasters to yourself and also save others. In recent years, since Dutch medicine has been practiced in the world, immature and incompetent doctors have carelessly misused narcotics such as opium, datura flower leaves, and nux vomica seeds, often harming people. For those types, there are specific antidotes for each poison, but if you quickly use oil, it will not lead to death.
People say that licorice well neutralizes the poison of various medicines, but while this may be so for extremely mild poisons, it has no effect on severe ones. Also, while it is said that human breast milk and fresh squeezed fig juice well neutralize all poisons, they may be used for mild cases. ▲For sudden death, refer to the previous section on sudden death. For vomiting blood, there are various distinctions. Blood that is dark black in color and immediately coagulates to become like chicken liver - this overflows from the stomach, which is the sac that receives food and drink, so it contains
rice grains or sticky clumps of coagulated liquid. This is easy to treat. Blood that is red in color and frothy comes from the lungs, which are the sacs where breath enters and exits to maintain life, when they are torn, so even a little is difficult to treat. Also, when blood vomiting from the lungs comes from what has accumulated in the lungs, it coagulates and comes out as dark purple color, so at a cursory glance one might think it came from the stomach, but since this contains thread-like substances mixed in, it should not be confused. For these two types of blood vomiting, there are various causes, but if it is blood vomiting from the stomach, first prevent nausea from occurring again and do not carelessly use medicines that tend to cause stagnation. When traveling and there are no suitable medicines available, use the earth syrup water and hearth soil water mentioned in the previous section for stopping vomiting, or stir red ochre powder in hot water and use it. Once the nausea has settled, it is good to use medicines like Sanōtō to purge downward. Sanōtō is from Tang