翻刻
舌疽(ぜつそ)といふて。初(はじめ)は舌にわづかなる瘡(できもの)が
発(でき)て。それが膿(うみ)て陥(くほく)なり。漸(しだい)にひろがり
ゆく。これがふかく腐蝕(くえこむ)ときには。
飲食(のみくひ)することもならずして。遂(つひ)には
死にいたる。至(いたつ)て険證(むつがしきしう)なり。故にはや
くその腐蝕(くえこみ)を止ることをせねばなら
ぬことは。いふまでもあらねど此 證(しよう)を発(はつ)
するものは。その以前より心意(こゝろもち)。舒愓(のびやか)な
らず。面色(かほいろ)萎黄(つやなく)。腰(こし)脚(あし)冷(ひへ)。脉(みやく)も沈(しづみ)て力
なく。なにとなく陰気(いんき)なる人に多
き病なり。これを和蘭毉者(おらんだいしや)などは。巧(たくみ)に
病 因(いん)を説(とい)て。きく人の耳をおどろか
せども。治 術(じゆつ)にいたつては。迂遠(まわりどほ)にして
救得(すくひえ)がたきこと多く。後世(こうせい)毉師(いし)はも
とより鈍(にぶ)く。確保(とりとめ)たることもなく。吉益(よします)
派(は)などの下剤ずきなる匕頭(さじさき)にて治すべ
き病にもあらされば。この病に逢(あふ)時には。
多くは死に至るもの也。もとより此 證(しよう)は。
欝毒(うつどく)あるうへに。身體(からだ)疲倦(つかれ)。気 血(けつ)の
運行(めぐり)遅渋(あしく)なりて起(おこ)る物故。初より参(じん)
附(ぶ)の大 剤(ざい)を主とし。毒を消(さる)ことを兼(かね)て。治
術(じゆつ)をなさねば成ぬことなれど。参附(しんぶ)は焮(きん)
衝(しよう)をいたし。毒の勢(いきほひ)を長ぜしむるなどゝ。
和蘭毉輩(おらんだいしのやから)などのいふことを信(しん)じ。遂(つひ)には
不治にいたらしむること多し。すべて疽(そ)とは。
表(おもて)へはたかくもならず。腫(はれ)も甚しからすし
て。肉(にく)中に深(ふか)く弥蔓(はびこり)ゆく物をさしていふ
の称(な)にて。いづれも虚乏(ふそく)にわたる物にて。和蘭(おらんだ)
毉師(いし)の口 癖(くせ)にいふ焮衝(きんしよう)といふものとは。懸(はるか)に
別(こと)なる物也。故に俗家(しろうと)もよくこれらのこと
をもよく記得(こゝろえ)おきて。毉師(いし)の巧言(くちさき)に誆(たぶらか)
さるゝことなかるべし▲傷寒(しようかん)と。時疫(じえき)。疫(えき)
癘(れい)などゝいふ称(となへ)は。各別(かくべつ)なるやうなれど。も
とはひとつ也。且(かつ)世にいふひき風の感冒(かんはう)
といふ物も。其 実(じつ)は。傷寒(しようかん)の軽(かろ)き物にて。
軽重(かろきおもき)に拘(かゝは)らず。頭痛(づゝう)。悪寒(さむけ)。発熱(ほつねつ)の表(へう)
證(しよう)あるものは。必まづ汗をとるべし。汗(あせ)を
発剤(とるくすり)はさま〴〵あれど。羇旅(たびぢ)在陣(ざいぢん)など
現代語訳
舌疽(ぜっそ)といって、初めは舌にわずかな瘡ができて、それが膿んで陥没し、次第に広がっていく。これが深く腐食するときには、飲食することもできなくなって、ついには死に至る。非常に危険な症状である。故に早くその腐食を止めることをしなければならないことは、言うまでもないが、この症状を発するものは、その以前より心意が舒暢でなく、面色が萎黄で、腰脚が冷え、脈も沈んで力なく、何となく陰気な人に多い病である。これを和蘭医者などは、巧みに病因を説いて、聞く人の耳を驚かせるが、治術に至っては、迂遠にして救い難いこと多く、後世医師はもとより鈍く、確実なこともなく、吉益派などの下剤好みな匙先にて治すべき病でもないから、この病に遭う時には、多くは死に至るものである。もとよりこの症状は、鬱毒があるうえに、身体疲憊、気血の運行が遅滞して起こるものゆえ、初めから参附の大剤を主とし、毒を消すことを兼ねて、治術をなさねばならないことであるが、参附は焮衝を起こし、毒の勢いを増すなどと、和蘭医輩などの言うことを信じ、ついには不治に至らしめることが多い。すべて疽とは、表へは高くもならず、腫れも甚だしからずして、肉中に深く蔓延っていくものを指して言う名称にて、いずれも虚乏にわたるものにて、和蘭医師の口癖に言う焮衝というものとは、はるかに別なるものである。故に俗家もよくこれらのことをよく記憶しておいて、医師の巧言に騙されることなかるべし。
▲傷寒と、時疫、疫癘などという名称は、各別なるようであるが、もとは一つである。かつ世に言うひき風の感冒というものも、その実は、傷寒の軽いものにて、軽重にかかわらず、頭痛、悪寒、発熱の表証があるものは、必ずまず汗を取るべし。汗を発する剤は様々あるが、羈旅在陣など
英語訳
Tongue carbuncle (zetso) is a condition where initially a small sore appears on the tongue, which then becomes purulent and depressed, gradually spreading. When this deeply erodes, one cannot eat or drink, and eventually dies. It is an extremely dangerous condition. Therefore, it goes without saying that one must quickly stop this erosion, but those who develop this condition have previously had unsettled minds, pale and sallow complexions, cold lower back and legs, weak and sunken pulses, and are generally melancholic people prone to this disease. Dutch doctors skillfully explain the pathogenesis to astonish listeners, but when it comes to treatment, they are often circuitous and difficult to cure. Later physicians are naturally dull with no reliable methods, and this is not a disease to be treated with the purgative-favoring approaches of the Yoshimasu school, so when encountering this disease, most cases end in death. Originally, this condition arises from accumulated toxins combined with physical exhaustion and poor circulation of qi and blood, so from the beginning one must primarily use large doses of ginseng and aconite preparations while simultaneously eliminating toxins. However, believing what Dutch physicians say about ginseng and aconite causing inflammation and increasing toxic potency often leads to incurable outcomes. All carbuncles (so) refer to conditions that do not rise high on the surface nor swell severely, but spread deeply within the flesh - a term referring to conditions involving deficiency, which is vastly different from what Dutch physicians habitually call "inflammation." Therefore, laypeople should remember these things well and not be deceived by physicians' smooth talk.
▲Shanghan (typhoid), seasonal epidemics, and pestilence may seem like different names, but they are fundamentally the same. Moreover, what people call "wind-catching" colds are actually mild forms of shanghan. Regardless of severity, those with surface symptoms of headache, chills, and fever must first induce sweating. There are various agents for inducing sweat, but during travel or military campaigns...