翻刻
厚(あつ)からず。器土堂(きとどう)の翁(をう)は。此道(このみち)に親(した)しく。
刀(たう)【左仮名 ほうてう】を執(と)れは。規(き)により。醯(けい)【左仮名 しほしやうゆ】入ル るに。矩(く)を以(もつて)す。
塩梅(あんばい)いづれか。違(たかは)ざらん。翁(をう)此道(このみち)に耽(ふけり)て。
珎(ちん)として記(き)し。奇(き)として述(じゆつ)す。門人(もんじん)之(これ)を集(あつ)め
て。秘密匣(ひみつばこ)とする。其(その)秘(ひ)なるものは。升合(せうかう)
の量入(りやうにう)。密(みつ)とするものは。品味(ひんみ)の為出(いしゆつ)。此夫(これそれ)
【量入の左側には「ぶんりやう」、為出の左側には「いれのけ」とある。】
道(みち)の難(かたき)に有(あり)。書房(しよぼう)の某(それがし)。今(いま)箱(はこ)の蓋(ふた)
を開(ひらか)んことを問(とふ)。予(よ)か曰(いわく)爾(しか)り。蔵(をさむる)ときは
甞(なむ)人指(ひとゆび)を屈(くつ)するにたらず。披(ひらく)時(とき)は筭(さん)
の執(と)るに暇(いとま)あらす。何(なん)ぞ披(ひらか)ざる。好矣(よし)
飛羅計(ひらけ)といふのみ。
現代語訳
濃厚ではない。器土堂の翁は、この料理道に精通しており、
包丁を執れば規則に従い、塩や醤油を入れるのに法則を用いる。
塩梅(調味)はどれも間違いがない。翁はこの道に熱中して、
珍しいものを記録し、奇なるものを述べる。門人たちがこれを集めて
秘密箱とする。その秘密とするものは、升合(計量)
の分量入れ、密とするものは、品味の入れ抜け。これらが
この道の難しいところである。書房のある人が、今この箱の蓋を
開こうかと問う。私が言うには「そうしなさい。蔵っておく時は
人が指を折って数えるほどでもないが、開く時は算盤を
取る暇もない。どうして開かないのか。よろしい、
ひらけ」と言うのみである。
英語訳
is not rich. The old man Kitodō is well-versed in this culinary art,
when he takes up the kitchen knife, he follows rules; when adding salt and soy sauce, he uses established methods.
His seasoning (anbai) is never wrong. The old man devoted himself to this way,
recording rare things and describing extraordinary ones. His disciples collected these
to make a secret box. What makes it secret are the measurements
of quantities; what makes it esoteric are the flavor adjustments. These are
the difficult aspects of this art. Someone at the study asked whether to open
the lid of this box now. I said, "Do so. When stored away,
it's not even worth counting on one's fingers, but when opened, there's no time
to take up the abacus. Why not open it? Very well,
open it" - that's all I say.