翻刻!九州大学の書物たち

コレクション: 漂流記コレクション

日本漂流譚 - 翻刻

日本漂流譚 - ページ 101

ページ: 101

翻刻

【右丁 文字無】 【左丁】 《割書:日|本》漂流譚。 第二編。                    石井民司、編述。    第六 談(だん)。 常人(じやうじん)安南(アナン)に漂流(へうりう)し同胞(どうはう)に邂逅(かいこう)して帰国(きこく)す。 夫(そ)れ航海(かうかい)に従事(じうじ)するものは、蒼海(さうかい)を以(もつ)て家(いへ)となし、一(ひと)たび纜(ともづな)を解(と)きたる 以上(いじやう)は、覆没(ふくぼつ)して魚腹(ぎよふく)に葬(ほうむ)らるヽか、飲食(いんしよく)を絶(た)ちて餓死(がし)せんか、将(は)た予定(よてい) の日(ひ)に安全(あんぜん)に帰航(きかう)せんか、予(あらかじ)め知(し)るべからざるなり。されば其業(そのわざ)の危(き) 険(けん)なること甚(はなはだ)し。然(しか)れども一 囊金(のうきん)の貯(たくはひ)なくして数(す)千 里(り)外(ぐわい)の異郷(いきやう)に渡(わた) り、世人(せじん)の未(いま)だ夢(ゆめ)にも見聞(けんもん)せざる珍説(ちんせつ)奇話(きわ)を齎(もたら)し来(きた)り、再(ふたゝ)び一家団欒(いつかだんらん)の 席(せき)に談笑(だんせう)する楽(たのし)みを得(う)るは、九死(きうし)に一生(いつしやう)を得(え)たる漂流者(へうりうしや)に非(あら)ざれば能(あた) はざるなり。是(こゝ)に於(おい)てか知(し)る人生(じんせい)の大快楽(だいくわいらく)は、大危険(だいきけん)の中(うち)に在(あ)りて存(ぞん) することを。

現代語訳

【右丁 文字なし】 【左丁】 日本漂流譚 第二編 石井民司 編述 第六話 常陸の人が安南に漂流し同胞に邂逅して帰国する そもそも航海に従事する者は、大海原を家とし、ひとたび船の綱を解いて出航した以上は、沈没して魚の腹に葬られるか、飲食物が尽きて餓死するか、それとも予定の日に安全に帰航するか、あらかじめ知ることはできない。したがってその仕事の危険なことは甚だしい。しかしながら、一文の蓄えもなくして数千里彼方の異国に渡り、世の人がまだ夢にも見聞したことのない珍しい話や奇妙な話をもたらし、再び家族団らんの席で談笑する楽しみを得ることは、九死に一生を得た漂流者でなければ味わうことができないものである。ここにおいて知ることができる―人生の大いなる快楽は、大いなる危険の中にあってこそ存在するということを。

英語訳

【Right page No text】 【Left page】 Tales of Japanese Castaways Volume Two Compiled and narrated by Ishii Tamiji Sixth Tale: A person from Hitachi drifts to Annam, encounters compatriots, and returns home Those who engage in seafaring make the vast ocean their home, and once they have untied the mooring rope and set sail, they cannot know in advance whether they will sink and be buried in the belly of fish, starve to death from lack of food and drink, or safely return home on the appointed day. Therefore, the danger of their profession is extreme. However, the joy of crossing to foreign lands thousands of ri away without a penny in savings, bringing back rare tales and strange stories that ordinary people have never even dreamed of hearing, and once again enjoying conversation and laughter at the family gathering—this pleasure can only be experienced by castaways who have narrowly escaped death. Here we can understand that life's greatest pleasures exist within the midst of great dangers.