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【右丁】
同廿日の朝(あさ)に、東南(とうなん)の方(かた)遥(はるか)に山(やま)見(み)えたれば、皆々(みな〳〵)力(ちから)を得(え)て、如何(いか)にもし
て地方(ぢかた)に近寄(ちかより)たしと、潮垢離(しほごり)を取(と)りて祈念(きねん)しけるに、神仏(しんぶつ)の恵(めぐ)みにや、次(し)
第(だい)〳〵に山(やま)の方(かた)へ近(ちか)づく故(ゆえ)、たとへ上陸(じやうりく)したりとて、食物(しよくもつ)なくては、如何(いかゞ)
せんとて、先(ま)づ飯(めし)を多(おほ)く炊(かし)きて桶(をけ)に入(い)れ、待(ま)つ間(ま)程(ほど)なく何国(いづく)の端(はし)とは知
らねめども、目(目)ざす岸辺(きしべ)に近(ちか)づくことを得(え)たり。されど磯(いそ)打(う)つ浪(なみ)の高(たか)く
して、端舟(はしけ)をおろすだに自由(じゆう)ならざるに、あまつさへ乗組(のりくみ)一同(いちどう)、皆(みな)疲(つか)れは
てたるものゝみなれば、容易(ようい)に岸(きし)には上(あが)りかねたるを、互(たがひ)に助(たす)け〳〵ら
れ、辛(から)うして上陸(しやうりく)しけるに、本船(もとふね)は見(み)る間(ま)に荒浪(あらなみ)のために破(やぶ)れにけり。
此地(このち)は如何(いか)なる国(くに)ならんと、互(たがひ)にかたらふ折柄(をりから)、彼方(かなた)の山辺(やまべ)より、昔話(むかしばなし)
に聞(き)きたる、妖怪(えうくわい)ともいふべき異様(いやう)の者(もの)とも十一人 進(すゝ)み来(きた)り、端舟(はしけ)をば
力(ちから)を併(あは)せて陸(りく)に引上(ひきあ)げたり。其 様(さま)鳥(とり)の羽(はね)など綴(つゞ)り付(つけ)たる衣(ころも)を着(き)、頭(かしら)は
赤毛(あかげ)ザンギリにて、甚(はなは)だ見苦(みぐる)しき夷人(いじん)なり。こなたは荷桶(になひをけ)の飯(めし)を出(いだ)し、
【左丁】
仕形(しかた)にて示(しめ)したるに、四五人は手(て)を出(いだ)したれば、これに与(あた)へたるに、香(か)を
嗅(か)ぎて顔(かほ)をしがめ、一口二口(ひとくちふたくち)食(くら)ひて又 吐(は)き出(いだ)せるは、かねて穀食(こくしよく)に馴(な)れ
ざる蛮夷(ばんい)と知(し)られたり。此者共(このものども)の案内(あんない)にて、凡(およ)そ半里(はんり)ほども行(ゆ)きたる
に、山(やま)の上(うえ)より鉄砲(てつぱう)一発(いつぱつ)打(う)ち放(はな)したれば、何(いづ)れも其(その)不意(ふい)に驚(おどろ)きしが、暫(しばら)く
して美々(びゞ)しき装束(しやうぞく)を着(つ)けたるもの十五六人 立並(たちなら)びたるに近(ちか)つきぬ。
彼等(かれら)は何(なに)をか問(と)ふやうなれど、言語(げんぎよ)少(すこ)しも通(つう)せず、唯(たゞ)仕形(しかた)にて互(たがひ)其意(そのい)
を通(つう)じ、一同(いちどう)は小屋掛(こやがけ)の如(ごと)き所(ところ)に入(い)りぬ。程(ほど)なく、草(くさ)にて巻(ま)き海水(かいすい)にて
煮(に)たる魚肉(ぎよにく)を、戸板(といた)やうの物(もの)に載(の)せて出(いだ)したれば、之(これ)を食(くら)ひ、追々(おひ〳〵)此地(このち)の
様子(ようす)を尋(たづ)ぬるに、魯西亜(ロシア)領(れう)の網師塚(アミシーツカ)といふ横(よこ)一 里半(りはん)竪(たて)七 里(り)ほどの島(しま)に
て、彼(か)の十五六人の者(もの)は、魯国(ロこく)より出張(しゆつちやう)の役人(やくにん)なりとぞ知(し)られける。 言(こと)
葉(ば)は定(さだ)かならざれども、何(なに)やらん尋(たづ)ぬる故(ゆえ)、日本 人(じん)と答(こた)へたるに、ヤツホ(日本)
ンヌユエ(国)と合点(がツてん)せり。
現代語訳
【右丁】
同月二十日の朝に、東南の方遥かに山が見えたので、皆々力を得て、何とかして陸地に近寄りたいと、海水で身を清めて祈念したところ、神仏の恵みであろうか、次第に山の方へ近づくので、たとえ上陸したとしても、食物がなくてはどうしようもないと考え、まず飯を多く炊いて桶に入れ、待つ間もなく、どこの岸辺とは分からないものの、目指す岸辺に近づくことができた。しかし磯を打つ波が高くて、端舟を降ろすことさえ自由にならないうえに、おまけに乗組み一同、皆疲れ果てた者ばかりなので、容易に岸には上がりかねていたが、互いに助け合って、辛うじて上陸した。本船は見る間に荒波のために破れてしまった。
この土地はいったいどのような国だろうかと、互いに語り合っていると、向こうの山辺より、昔話に聞いたような、妖怪とも言うべき異様な者ども十一人が進み来て、端舟を力を合わせて陸に引き上げた。その様子は鳥の羽などを綴り付けた衣を着て、頭は赤毛の散切りで、甚だ見苦しい異人である。こちらは荷桶の飯を出し、
【左丁】
身振り手振りで示したところ、四五人は手を出したので、これに与えたが、匂いを嗅いで顔をしかめ、一口二口食べてまた吐き出したのは、もともと穀物食に慣れない蛮人と知られた。この者どもの案内で、およそ半里ほども行ったところ、山の上より鉄砲一発を打ち放ったので、いずれもその不意に驚いたが、しばらくして立派な装束を着けた者十五六人が立ち並んだところに近づいた。
彼らは何かを問うようだが、言語は少しも通じず、ただ身振り手振りで互いにその意を通じ、一同は小屋掛けのような所に入った。程なく、草で巻き海水で煮た魚肉を、戸板のような物に載せて出したので、これを食べ、追々この土地の様子を尋ねると、ロシア領のアムチトカという横一里半縦七里ほどの島で、かの十五六人の者は、ロシア国より出張の役人であると知られた。言葉は定かでないが、何やら尋ねるので、日本人と答えたところ、ヤポン(日本)、ヌー(国)と合点した。